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調査研究報告書

労働市場のタイト化と中小企業の新卒採用戦略

1.調査目的(問題意識)
 2002年2月から始まった今回の景気拡大局面は、昨年11月に「いざなぎ景気(57カ月)」を超え、戦後最長記録を更新した。5年に及ぶ景気拡大に加え、2007年から始まる団塊世代の大量退職を前に企業の人手不足感は強まっている。実際、9月の日銀短観雇用判断DIは、大企業・中小企業も「不足」超の状況が続き、先行きについても不足超幅の拡大が見込まれている(図表1)。
 このように労働需給がタイト化する中、中小企業は新卒採用を積極化している。日銀短観の新卒採用計画をみると、中小企業は2006年度(前年比+8.3%)に続いて、2007年度(同+10.6%)も新卒採用を増やす計画だ(図表2)。ただし、中小企業の思惑とは裏腹に、景気回復を受けて学生の大企業志向はむしろ強まっている。リクルートワークスの調査によると、2007年3月に卒業する大学生の求人倍率は、従業員1000人以上の企業で0.73倍と依然1倍を切る水準にとどまる一方で、従業員規模1000人未満の企業では3.48倍と超売り手市場の状況が続いている。その水準もさることながら、前年から求人倍率が約0.6ポイント上昇するなど、中小企業の新卒採用を取り巻く環境は厳しさを増している(図表3)。
 本調査は、以上のような現状認識のもと、今後、中小企業が必要な人材(優秀な人材)を確保するためにはどのような採用戦略を講じるべきかについて検討したものである。
具体的には、中小企業に対するアンケート調査を実施し、新卒の採用状況や採用活動の実態、採用にあたっての問題点を明らかにした上で、継続的な採用(かつ定着)に成功している企業の取り組みを参考にその改善策を検討している。なお、今日の中小企業における新卒採用難の背景には、学生の大企業志向の高まりなど企業努力だけでは克服しがたい問題も多い。そこで、学生や学校、就職支援機関等へのインタビュー調査を実施し、学生の就職感の変化やそれが中小企業の採用活動に与える影響についても検討している。

図表 1 雇用人員判断DIの推移 図表 2 新卒採用計画
図表 1 雇用人員判断DIの推移 図表 2 新卒採用計画
図表 3 規模別求人倍率の推移
図表 3 規模別求人倍率の推移

2.調査結果概要
 本調査結果の概要をまとめると以下の通りである。
①厳しい中小企業の採用環境。学生の応募者不足が最大の課題
 アンケート調査(有効回答数1131社)によると、2005年度に新卒採用活動を行った企業の割合は37.0%(418社)であった。そのうち85.0%の企業が新卒者を採用している(図表4)。ただし新卒者を採用できた企業でも、予定人数を確保できたのは54.4%と半分程度にとどまるのが現状だ(図表5)。採用実績が予定人数を下回った理由としては、「応募者自体が少なかった」とする企業が54.6%と最も多い。2番目に多い「いい人材がいない(23.6%)」とあわせ、応募者の少なさが採用のボトルネックとなっている可能性が高い(図表 6)。まずは学生の応募者を増やす努力が中小企業に求められている

図表 4 採用実績 図表 5 採用実績の評価 図表 6 採用実績が下回った理由
図表 4 採用実績 図表 5 採用実績の評価 図表 6 採用実績が下回った理由

②学生への情報発信に注力する企業は未だに少数派
 学生の応募者を増やすためには、学生への情報発信を通じて中小企業の認知度を向上させるとともに、学生の間で少なからず存在する中小企業に対する悪いイメージ(労働条件や企業の将来性に対する不安)を払拭する必要がある。
 しかし中小企業では、「学校への求人票送付(79.0%)」がもっとも一般的な採用方法となっており、「就職情報サイト(41.8%)」や「就職情報誌(21.9%)」など学生への情報発信を重視する企業は未だに少数派である(図表 7)。
 就職担当者の話では、情報収集におけるインターネットの依存度はますます高まっているという。有力企業の大半がネット(自社HPを含む)を通じて会社説明会の予約や学生のエントリーを受け付けているため、学生もネットを重視せざるを得ないようだ。中小企業もこうした時代の潮流に逆らうことは難しい。今後はネットを利用した情報提供を本格的に普及させる必要があろう。実際、情報サイトを利用した企業の54.9%が「役立った」と評価しており、学生を呼び込む効果は相応に期待できる。費用やノウハウの面でネット掲載を躊躇する企業や大企業との差別化を図りたい企業のために、中小企業支援機関などが中心となり中小企業専用のポータルサイトを立ち上げるのも一案だろう。ただ、その場合は単にポータルを立ち上げるだけでなく、学校や学生に認知してもらう努力が必要で、その点においても中小企業支援機関のサポートが欠かせない。
図表 7 採用方法の利用実績 図表 8 利用した採用方法に対する評価
図表 7 採用方法の利用実績 図表 8 利用した採用方法に対する評価
③新卒採用のカギを握る学生との直接対話
 ただし、情報サイト(媒体)を通じた情報発信は新卒を採用するための必要条件であって十分条件とはなりえない。学生がサイトに掲載された企業情報から経営者の経営理念はもとより仕事の具体的な内容ですら正確に理解することは難しいと考えられるからだ。
 学生に中小企業の魅力を理解してもらい、就職に結びつけるためには、ポータルサイトを通じて自社に興味・関心をもった学生と直接対話の機会を設けること(説明会を開催すること)が不可欠である。アンケート調査によると、中小企業の自社による会社説明会の実施率は採用活動した企業の約1/3と低い。中小企業にとって説明会の開催は人的にも、予算的にも負担感が重いことが背景にあると考えられる。しかし、一方で説明会を実施した企業では、73.3%が「採用活動に役立った」と回答しており有効性に対する評価は極めて高い。

④今時の学生を意識した情報の提供を心がける必要
 また、情報提供の場を設けても、学生に語るものがなければ人材は集まらない。仕事内容はもちろんのこと、経営理念や中小企業の魅力(やりがい)を如何に伝えるか、経営者の手腕が問われるところである。その際、従来の学生という概念にとらわれず、今時の学生を意識したテーマ設定や接し方が重要となる。学生のアンケート結果をみると、最近の学生は「勤務地」や「勤務時間・休暇」など企業があまり意識していないことに対する関心が高い。「やりがい」を強調するあまり、これら就労条件を重視していない企業と誤解されては元も子もない。経営者は今時の学生を意識した情報の提供を心がける必要がある。就職担当者の話では、最近の学生は大企業志向が強いといわれる一方で、家族主義的な会社にあこがれる傾向も強いそうだ。事実、経営者が熱意を持って学生に語りかければ、中小企業に対する不安感を払拭するだけでなく、むしろ大企業との差別化を図ることができるとの意見も聞かれた。中小企業の弱みを強みに変えることができるかどうか、経営者の姿勢にかかっているといえよう。

⑤小規模事業所は学校との関係強化が課題
学生全般への認知度向上に加えて、学校との関係強化も人材を確保するにあたっては有効な手段である。実際、中小企業の採用活動は「求人票の送付(79.0%)」や「学校訪問(58.5%)」が主となっている。とりわけ人的制約の厳しい小規模事業所(従業員規模100人以下)では、費用対効果の面からみて最も重視すべきチャネルといえる。また、アンケート調査では、「求人票の送付」よりも「学校訪問」の評価が高い。単に求人票を送るだけでなく、学校の就職担当者に直接接触(情報提供)する方が採用に結びつきやすいことを示唆している。
しかし、従業員規模別の実施状況(利用率)をみると、「求人票の送付」、「学校訪問」のいずれについても、規模が大きいほど利用率が高いという結果となった(図表9)。これらの企業は、就職情報サイトや自社主催の会社説明会など学生に対する情報発信の利用率も相対的に高いが、学校(ピンポイント)との関係強化も積極的に推進しているようだ。これに対して、小規模事業所はハローワークの利用率が高く、既卒者と同じ採用チャネルを利用する企業が多い。小規模事業所で新卒者を採用できなかった企業の割合が高い背景には、こうした取り組みの相違が影響していると考えられる。

図表 9 従業員規模別利用状況
図表 9 従業員規模別利用状況
 小規模事業所でも採用実績が予定数を上回った企業は少なからず存在する。インタビュー調査の結果によると、彼らは地元の大学や高校などをこまめに訪問し、就職指導担当者とのコネクション作りに成功した点を採用確保の理由としてあげている。もちろん、こうしたコネクションが一朝一夕に築けたわけではない。ある企業では狙いを定めた学校に毎月通うことでお互いの信頼関係を築き、また別の企業は数年前の就職難の時に採用を継続した経営者の英断が信頼関係の礎となっている。これらの企業では、毎年学校側から学生受け入れの打診があり、優秀な生徒が推薦されてくるという好循環が生まれている。学校は採用実績のある企業を優先するため、新規の参入は難しいが、経営者の努力と熱意次第では有望な人材確保のチャネルとなりうる点は注目すべきであろう。

⑥インターンシップ制度も1つの選択肢
 最近、大手企業を中心に普及しつつあるインターンシップ制度だが、アンケート結果によると、新卒採用活動の一環としてインターンシップ制度を活用している中小企業は少ない(採用活動した企業の17.5%)。また、有効性に対する評価も「役立った」と回答したのは、その2割にとどまっており、中小企業では同制度がうまく機能していないことを示唆している。中小企業にとってインターンを受け入れる負担が大きい一方で、必ずしも採用に結びつかないことが背景にあるようだ。また、仕事が厳しいなど学生の評価が低いとかえって評判が悪くなり、採用活動の足かせになりかねないと懸念する企業も多い。
 ただし、インターンシップ制度は、就業体験を通じた学生の職業意識の向上だけでなく、会社にとっても業務内容や経営者の経営理念、中小企業の魅力を学生に知ってもらうための良い機会である。八王子市や東大阪市など中小企業が集積する地域では、産官学が連携したインターンシップ(日本版デュアルシステム)制度を導入し、新卒採用の確保に結びついている。これらの地域では、将来の担い手不足に危機感を抱く企業経営者と、学生の職業意識の向上を図りたい学校、地域産業の振興を期待する行政が強固な信頼関係に基づき、インターンシップ制度を運営している点が成功の原動力となっている。
 中小企業でインターンシップ制度が利用されていないのは、制度上の問題というよりも、運用面の問題が大きい。都内のある大学では、運用面の課題を克服するため、地元商工会議所の協力を得て学生の受入先企業の育成というユニークな取り組みを行っている。商工会議所が受入先企業を推薦し、教職員が各企業にあった独自の研修プログラムを策定、学生を送り込むという仕組みだ。受入側企業の負担を軽減するとともに、企業と学生の双方にとって本当に役立つインターンシップ制度を提案し、継続的な受入先企業確保と実際の採用増加に結びつける狙いがあるという。学校側にとっては、商工会議所の推薦というお墨付きをもらうことで派遣先企業のフィルタリングができるというメリットもあるようだ。取り組みは始まったばかりであり、その評価についてはもうしばらく状況を見極める必要があるが、工夫次第でインターンシップ制度が中小企業にとって有力な採用ルートになる可能性は十分にあるのではないだろうか。

⑦希薄化する学生の就業意識。学校の人材供給力低下も一因
 これまで中小企業について採用活動の改善点を指摘してきたが、学生の大企業志向など企業努力だけでは限界があるのも事実である。学生の大企業志向については、もちろん企業側の情報発信に関する取り組み不足という側面があるものの、学生の就業意識の希薄化の影響も無視できない。大企業志向の高まりは、明確な就業意識(判断基準)を持っていない学生が、企業規模や知名度で企業を選択する結果とみることもできるからだ。就職担当者の話によると、明確な目的意識をもって就職活動に臨む学生は少数派で、多くは就職活動という行事に参加しているだけというのが現状のようだ。その結果、複数の内定をもらう学生がいる一方で、どの企業からも内定を得ることができず卒業間際まで悪戦苦闘する学生も多いという。
 学生のアンケート調査では、約6割の学生が「企画・管理」を希望するなど、「営業」や「生産」など現場のニーズが高い企業と学生の意識の間で大きなギャップがみられた。また、中小企業の就職について8割の学生が「抵抗感はない」と回答しているが、その理由をみると、「やりたいことがすぐできそう」や「中小企業だったら企画部門に行けるから」、「出世できそう」など安易な発想(誤解)に基づくものが散見され、学生のイメージが一人歩きしている感が否めない。また、企業からは最低限の常識やマナーさえ身についていない学生が最近増加しているとの指摘もあった。これらは、学生個人の問題であると同時に、学校における就職支援活動のあり方に見直しを迫るものといえる。学校は現実を直視し、就職希望者に対してさらにきめ細やかな就職支援活動を実施する必要があるように思われる。

3.中小企業の新卒採用戦略に対する含意
 これまでの調査結果より、中小企業を取り巻く採用環境は厳しいものの、少しでも優秀な人材を確保すべく努力している企業が多く存在することが明らかになった。学校との関係を強化する企業もあれば、学生への情報発信強化を図る企業、Uターン希望者に焦点を合わせた採用活動を行う企業など各企業の対応は様々だが、人手不足に対する経営者の強い危機感がその背景にある点はみな同じである。彼らは、大企業が採用枠を広げる中、決して諦めることなく、中小企業ならではの工夫をこらして人材確保に成功している。中小企業の中には、人手不足から将来的な事業拡大はもとより、事業継続さえ困難となる可能性がある企業も少なくない。こうした企業は厳しい現状を嘆くだけでなく、人材確保に成功している企業を見習って、継続的に新卒採用の努力をする姿勢が必要だろう。

 具体的な採用活動については、先に指摘したとおり①就職情報サイトへの掲載や②自社主催の説明会開催、③学校訪問が有効な手段と考えられる。いずれも学生や就職担当者へ直接情報を提供することが最大のポイントだ。調査結果によると、学生の中小企業に対する抵抗感は小さいものの、将来性や労働条件に対する不安が就職を躊躇させる要因であることが示された。情報提供を通じてこうした不安を払拭することができれば、中小企業の採用環境は大きく改善する可能性が高いと考えられる。むしろ「やりがい」や「親近感」など中小企業ならではの対応が採用に際して大企業よりも有利に働くことさえあるかもしれない。中小企業のこうした強みを活かすためにも、積極的な情報提供が不可欠である。
 また、中小企業の実情を学生に理解してもらうという点では、インターンシップ制度の活用も選択肢の一つである。現状では制度の運用面で企業側の負担が重いことから普及には至っていないが、先進事例にみる通り、学校や商工会議所、自治体が連携して協力すれば、制度本来の目的を達することは十分可能である。八王子市や東大阪市の取り組みを参考に、地域の事情に応じた協力体制が築けるかどうかがインターンシップ制度の普及を占う上で試金石となろう。

 もちろん、中小企業が大企業と同じ採用活動をしていたのでは大企業にかなうはずもない。大企業との競合を避けるべく、採用活動時期の多様化(柔軟化)や地元志向の強い学生への重点的なアプローチ、自社の組織風土にあった学生(学歴、専門)の採用、特定の学校との関係強化など中小企業ならではの(小回りがきく)取り組みが欠かせない。こうした取り組みに加えて、商工会議所や地元自治体が中小企業の採用活動を支援する仕組みも必要だ。実際、商工会議所が仲介することで中小企業に対する信用補完(不安感の低減)の役割が期待できるとの指摘があった。インターンシップ以外でも産官連携を図る余地はありそうである。

 最後に、アンケート調査を見る限り、中小企業は新卒採用よりも中途採用(即戦力)を重視する傾向が強いように見受けられる。欠員補充を迅速に行うためには中途採用でしか対応できないものもあるかもしれないが、継続的な新卒採用が学校との関係を深め、それが優秀な学生の確保につながる点は注目に値する。新卒採用した場合の教育訓練負担は中小企業にとって決して軽くはないものの、少子高齢化がさらに進むことが確実視される中で、経営者は中長期的な視点にたった採用戦略の策定が求められるようになっているのではないだろうか。

以上
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