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調査研究報告書

働きやすい、辞められない! ―高齢社会と中小企業―
(1)研究の趣旨
 日本は、1994年に人口全体に占める65歳以上の割合が14%を超え、高齢社会となった。その高齢化率は、世界の過去に例がないほどの速さで高まっており、2050年には35.7%に達すると見込まれている。それに伴って、労働力人口の高齢化も進んでいる。
 企業経営に当っては、活動する社会の条件に合わせた最適計画を組んで.企業力を発揮する必要があり、単に過去の手法をなぞっての活動では対応できない。各企業は、その活躍分野での自社の役割を見定めた上で、それぞれの経営資源を活かした挑戦を続けることが求められている。
 本調査研究では、高齢社会への対応に積極的に取り組んでいる先進的な中小企業13社の適応事例を紹介しながら、困難な状況において求められる「望ましい経営行動」とはどのようなものかを探った。高齢社会の企業経営は、企業本来の目的である「人々のしあわせの実現」=「福祉経営」追求の中で本道が発見できると考え、この視点に立った調査研究を進めた。
 また、個々の中小企業は、その活動基盤である地域といかに関連できるかによってその存立と発展が決まる傾向が強い。そこで、精密工業の集積地で、健康・長寿県としても注目を浴びている長野県と、モデル的な工業生産地域として発展したが、現在は事業所数の減少と、高齢化による地域産業の衰退が懸念される東京都大田区を事例に取り上げ、この2地域が示唆する高齢社会と地域、企業の関連についても検証した。
(2)研究の概要
◎「本来的な中小企業」が高齢社会を生き抜ける
 
調査の結果分ったのは、「望ましい経営行動」は本来的な中小企業を目指す原理に基づくものであり、高齢社会を生き抜けるのは「本来的な中小企業」であるということである。ここでいう「本来的な中小企業」とは次の3つの基本条件を満たす企業である。(1)「人」――ともに働く人々の力を合わせる。そのために従業員の長期雇用を維持し、教育研修に十分配慮している。(2)「もの」――市場が必要とする商品・サービスを適時に競争力ある価格で提供する。そのための技術・技能の革新を持続的に果たしている。(3)「社会への貢献」――地域の産業発展に貢献しつつ広く社会活動に参加する。そのための従業員の社外活動を支援し、企業として自然との共生を目指す。
 事例企業は、その「本来的な中小企業」を目指していると思われた。概観すると、「人」については、2社は定年がなく、定年のある企業も全て再雇用制度を持っていた。注目されたのは、高齢者が元気に働いている企業ほど、若年層が活発に勤務している現実であった。「もの」については、規模、業種の違い等もあり、技術革新の度合いに高低はあるが、いずれも技術の高度化、特に熟練技術の維持に関心が高く、対策を考え、継承策をとり始めている例も見られた。「社会への貢献」については、数社で先進例が見られ、その他の企業でも関心は高かった。今後、在来型中小企業でも地域との関わり、地域への貢献が大きな課題になるであろうことが伺われた。

◎「ポスト07」と中小企業の経営行動
 
日本で1947(昭和22)年から1949(昭和24)年の間に生まれた約800万人は「団塊の世代」と呼ばれる。「ポスト07」とは、これらの人々が60歳になって定年期に入る2007(平成19)年以後の社会現象を指す。これと、現在は「高齢・少子時代」である点にも留意する必要がある。
 中小企業は、従来以上に、成熟とともに斬新さを求める努力が必要で、そのためには、多層的な組織構成により、多世代が融合しつつ目的を果たす行動力学の確立が求められる。そうした中小企業にとって「ポスト07」は成長チャンスである。大企業はおおむね60歳定年を守り、多くの定年退職者が出る。もともと地域の勤労者に注目される存在だった中小企業が、大企業の定年退職者等、従来よりも多様な人材を活用することができる条件に恵まれることにより、成長機会が得られる。今後、一旦退陣した労働市場へ再度参入する人材の力を借りて組織風土を一新するならば、新しいタイプの中小企業ともなり、近未来の経営行動も高められると考えられる。

◎事例企業の研究――5類型に分類(付表参照)
 13社を以下の5類型に分けた上で、「本来的な中小企業」を各企業の事例に問う形で進め、多くの企業経営に示唆を与える以下のような結果を得た。(1)労務重視型(3社)―海外との競争が厳しく、高品質ながら低労務費が求められる量産型製品の製造業が主。派遣労働者や高齢者等のフレキシブルな労働力を活用している。一見、本来的中小企業の範疇から外れているようだが、そうした労働者への種々の対策が本来的中小企業の持つ暖かさを伴う点に特色が見られた。(2)長期雇用重視型(3社)―定年制度がなかったり、再雇用ながら経営理念として長期雇用を前提としている企業。能力のよく蓄積された人材である高齢者を一定年齢で引退させるのは経営資源の損失と考えている。(3)共生重視型(4社)―労務を重視し、長期雇用を前提としつつ、勤務者と社業の融合に積極的に努力している企業。こうした努力は殆んどの調査企業に見られるが、特に「共生」意識が高い企業をこの型に分類した。(4)技術伝承型(2社)―固有技術が問われる1品料理生産型企業では、熟練技術者の長期雇用は必然で、再雇用制度を活用して技術伝承に努力していた。多量生産型の例では、熟練技術者による若手選抜者の指導を積極的に行っていた。(5)理念重視型(1社)―高齢社会の到来を早く予測し、経営理念としての人材重視を高齢社会で具体化するための諸策を取りつづけた事例。職場を「働いて幸せであること」という生涯目標を実現する場として設計し、運営。本来的な中小企業の目指してきたもので、企業活動の王道でもある。

◎高齢社会と地域、企業―長野県と東京都大田区を事例に―
 精密工業を主とする長野県の産業構造は高齢者の就業に有利と考えられる。実際に65歳以上の就業者比率は全国平均を10%上回る31.7%である。但し、就業者は必ずしも企業で働いているのではなく、60歳で会社を辞めた後、家の周辺で農業を行っている例が多く、いわば2毛作勤労が実現している。しかし、長期的視点で見ると、企業としては、生涯勤労を期待し、その利点、価値を理解できるような経営を続けることが望ましいと思われる。それには、今まで以上に企業での勤労と農業の融和を図るアプローチが必要で、それが、企業と勤労者の両者にとって幸せを生む行動になると理解した。
 東京都大田区は機械金属工業が強い地域である。その機械金属工業の事業所数は、1983(昭和58)年の9190から2000(平成12)年には6160に減少した。従業者9人以下が86.9%を占めるこれらの事業所では従業者の高齢化とともに、経営者の高齢化と後継者難も進んでいる。区は現在、海外への営業活動を強化し、「国際中小企業」の集積地として製造業の発展を展望しているが、製品の変化速度が速い中、高齢従業員の能力発揮の可能性には疑問も残る。こうした中、最近では、異業種交流グループの活動の活発化を通じて、2次産業と3次産業の融合が起きつつある。こうした地域に根ざした経営行動を通じて、高齢社会に適合した地域産業の台頭、成長が期待される。

◎高齢化と中小企業の経営的対応

 高齢社会を統計数字で確認した上で、中小企業経営における高齢社会の持つ意味について改めて経済学、経営学的な視点から考察・整理した。
 労働力の高齢化は人口構造の高齢化ほど激しくはないものの、中小企業をはじめ企業経営の大きな影響を与えるものである。高齢労働者の特徴として、(1)そもそも働く意思を持たない非労働力人口の増加。(2)働く意思を持っていても職に就けない人の割合が高い(有業者割合の低下)。(3)短時間労働希望者の増加等、希望する勤務形態の変化。(4)年金受給の有無・受給額による就業率の変化、――が挙げられる。こうした特徴も反映して、高齢者では自営業主や家族従業員として働く人の割合が高くなっている。
 高齢労働者と中小企業の関係を見ると、大企業対比、中小企業は高齢労働者に多くの就業機会を提供する一方で、中小企業もまた高齢労働者により強く依存している。60歳以上の労働者がいる割合は企業規模が小さいほど高くなる傾向がある。定年制度を定めない企業割合も中小企業が大企業対比やや高く、定めた場合でも、定年とする年齢が高い。中小企業が高齢労働者を受け入れやすい背景の一つに、賃金上昇カーブが大企業対比緩やかであることなどが考えられる(高齢労働者を雇用しない現象の説明に、加齢や就業年数に伴う賃金カーブの上昇ほど労働者の能力や企業への貢献度は上昇せず、賃金バランスが崩れてくるからという理論がある)。
 経営資源が企業の競争優位確立に決定的な役割を果たすと主張する内部資源重視型の経営戦略論が注目されているが、経営資源としての高齢者を一時的、あるいは持続的な競争優位を持つ経営資源として生かして高水準の業績を上げている事例企業も多く見られた。一括・一律な対応が基本の大企業に対して、中小企業は持ち前の柔軟な経営を実践することにより、多様な就業ニーズを抱える高齢者により高い満足を与えて、高いモチベーションを引き出し、企業の生産性向上に貢献させることが可能である。高齢者活用を通して蓄積されたノウハウや経験は、高齢者に限らず様々な労働者に適用可能で、それは企業の人材育成における経済性獲得にもつながるものである。
 一般に、企業が経営資源による競争優位を構築するには、(1)異質性、(2)事前的競争制限、(3)事後的競争制限、(4)移動困難性の4つが条件とされる。高齢労働者を競争優位構築上の経営資源と捉えた場合、(1)はある企業で活用される経営資源を競合相手が有していないことで、長い期間の「完成品」である高齢労働者の異質性は他の年齢層に比べ強い。(2)はある企業の活用する経営資源の存在や価値に他の企業が気付かぬこと等である。人手確保にさほど苦労しない大企業には高齢者雇用の必然性が少ない。(3)はある企業で活用されている経営資源に気付いても、先行企業ほど活用が容易でない等である。(4)は企業の高齢者活用制度は、その企業の歴史、地域等の状況に合わせたもので、他の企業が表面的に取り入れても効果を得るのが難しいことである。
 このように、中小企業の高齢労働者の活用は、対応の仕方によっては、持続的な競争優位を構築する手段ともなりうるもので、先行した企業ほど、その可能性は高くなるものと思われる。

◎高齢社会と企業経営上の取組・企業意識に関するアンケート調査
 調査研究に当って、最近約10年間の当センター表彰企業を対象にアンケート調査を実施した(標本数152社、有効回収数88社=有効回収率57.9%)。定年制のある企業が97.7%(60歳が殆んど)で、うち80.2%は再雇用制度を導入していた。再雇用時の給与水準は、再雇用前給与の60~70%が30.4%と最多で、60%~80%では50%弱を占めた。結果からは、(1)再雇用制度の導入が一般よりやや高い(従業員数100から300人の一般企業の場合66.9%→平成16年度厚生労働省調査)(2)高齢社会をネガティブには捉えず、積極的に対応しようとの意識が強い(但し、新市場としての期待度は高くない)。(3)技術伝承・技術改善については問題なしとの見方が多い。――等が窺われた。これらは業績が比較的安定している企業群の特徴といえよう。なお、「介護・育児」については関心が薄く、この点は今後の課題の1つである。

(3)結 び
 企業の技術・技能の蓄積、高度化には、その所持者の長期雇用が好ましく、更には「本来的な中小企業」は長期雇用が基盤である。また、中小企業にとって「ポスト07」は高齢者雇用を通じて競争優位を獲得するチャンスである。
 本報告書では、各企業例を具体的・実証的に記述し、事例研究が、情報化の進んだ高齢社会の下での「中小企業原論」になるようにと意図した。各企業は本報告書の事例に学び、高齢社会という社会状況に応じた対策を立てて経営努力を積むことが期待される。個の発揮が求められる高齢社会で、その社会潮流に沿って成長しつつある中小企業の人材を生かすには、大いに他に学び、自己を大胆に分析して変えられるかどうかが鍵となる。
 また、本調査研究の過程で下記のような諸点も明らかになった。
(1)今後、日本の中小企業は、国内での充実を背景に、海外製造業との労務コスト競争でなく、パートナーシップ等を通じ海外企業の成長を促すことで存在価値を示しつつ共生できるだろうとの見通しが得られた。(2)経営者を映す鏡である中小企業も、経営者の性格にのみ依存するのでは継続性が弱まる。経営者と一体になって活躍するマネジャーの存在が不可欠で、その法則に則っている例が明らかに「本来的な中小企業」と見えた。(3)「ポスト07」の経営行動策定では、外部環境の変化を予測しつつ、社内の労務事情の調整と商品ラインアップを考える必要がある。今後どんな商品を中心に置くかで、継承すべき技術・技能が決まり、それに伴った労働者の配置が必要である。
 なお、高齢者雇用に取り組もうとする時に、利用できる制度や仕組み(高齢者雇用関連の助成制度、融資制度、優遇税制、及び年金制度の概要等)をハンドブック的にまとめ、報告書の最後に掲載して読者の参考に供した。
(本報告書は、この書名にて(株)同友館から一般書籍として発行されています。ご入用の方は書店または(株)同友館から直接ご購入下さい。)
(付表)類型別事例企業の取り組み内容
類型 企業名 取り組み内容
労働重視型 (株)加藤製作所
 岐阜県中津川市
 金属製品製造
土日勤務の高齢者を雇用。工場の稼働日数を年350日に引上げ。
高齢者雇用のモデル企業として2001年の「全国高齢者雇用開発コンテスト」で「厚生労働大臣最優秀賞」を受賞。
(株)アイ電子工業
 栃木県大田原市
 受託機器・受託開発品、
 産業用機械製造
若手フリーターを含む未熟工を活用。
高齢者雇用の場づくりに、生産会社として「(株)玄人軍団」設立し、国内における抜群の低生産コスト方式を確立。
(株)ちくま精機
 長野県東筑摩郡
 電気機械器具製造
地域の大手企業の「社外生産部門」ともいうべき工場を経営。
日系ブラジル人を構内外注労働者として活用。
長期雇用重視型 (株)樹研工業
 愛知県豊橋市
 プラスチック金型・
 射出成型機製造
少数精鋭主義で、世界一小さいプラスチック製品を製造。
高齢者を雇用し、定年なし(気力と体力ある限り働ける)
技術開発の目標を打ち出し続けることで、停滞を防ぎ、高齢者と若者、成人達の融和を図る。
初任給は年齢で決め、その後能力別に段階を決める独自の賃金体系。パートも厚生年金保険に加入。
西島(株)
 愛知県豊橋市
 工作機械製造
「生涯雇用」は創業(1924年)以来の信念。定年なし(1995年に正式制度化)。
高齢者でも技術の高い人の雇用を継続し、技術立企業の実現を目指す。
年功賃金でなく、成果主義も導入し、固定費と業績をバランスさせている。
サンコーインダストリー(株)
 大阪市南区
 小物ねじに特化
 した卸売問屋
「中小企業の強みは運命共同体」と考え、活力ある運命共同体を目指す。現在45~59歳層が多い。
定年(現行60歳)の65歳への引上げは未検討。
再雇用で対応中。高齢者は個人差が大きいので選択肢(ex.勤務時間)を増やすのが望ましいとの考え。
再雇用時の給料は60歳時の10%減に止めている。
共生重視型 (株)I.S.T
 滋賀県大津市
 機能性複合繊維等
 の開発・製造
社会貢献と自社の成長を相乗的に果たすべく、地域の高齢者の雇用システム開発に取り組む。
2003年度の「全国高年齢者雇用開発コンテスト」で「厚生労働大臣最優秀賞」を受賞。
正社員の定年は60歳だが、希望者は全員65歳まで継続雇用すべく就業規則を改定(それ以降も健康上問題なければ引き続き勤務可)。
ネクスタ(株)
 大阪市東区
 包装製品・環境関連商品
 の企画・開発・販売
「地産地消」を理念に営業・生産拠点を配置。
60歳定年。再雇用制度で能力活用。
社会事業を社業がらみで検討。高齢者継続雇用促進だけでない社会システムを成長させるべきとの信念。
(有)渡辺工作所
 岡山県倉敷市
 自動車部品製造
社員20名のうち60歳以上9名。定年60歳。本人希望で65歳まで継続雇用、それ以上はパートで。
能力発揮の可能性に合わせて働けるシステム作りで明るい職場。
(株)折原製作所
 東京都荒川区
 トイレサニタリー製品の
 開発・製造・販売
作業改善で女性・高齢者雇用を――外部専門家の力を借りつつ、種々の作業改善に取り組む。
生産現場に工場スタッフの活動拠点を設置。――工場スタッフの生産現場の直結化。
技術伝承型 (株)野口製作所
 愛知県豊橋市
 金属プレス加工・金型制作、
 深絞り加工
技術の高度化と伝承に注力→高齢者と若手のグループ化により教育訓練の場作り。
60歳以上の再雇用制度を持ち、その制度で活躍する社員がシニア・エキスパートとして若い技術者の鍛え手。
再雇用者の賃金は、高年齢者雇用継続給付と年金併用の場合、その手取り額が最高となる水準に設定。
(株)五十鈴製作所
 名古屋市南区
 各種産業機械、鋳造設備
 等の設計・制作・販売
1品料理作り(顧客の必要に応じ機器を製作)が特色で、高度な技術者と若手技術者の融合が必要。
ベテラン社員と若手技術者達が一緒に仕事をするシステムを採用。
定年は60歳だが、意欲と健康が許せば何歳まででも雇用。身分は嘱託、賃金は定年時の70%。契約は半年毎見直し。60歳以上の特殊技能者5名。
理念重視型 (株)前川製作所
 東京都江東区
 冷凍機・ガスコンプレッサー製造、
 プラントエンジニアリング、コンサルティング等
(注)資本金10億円グループ企業
従業員2000名で定義上は
中小企業の枠を超える。
高齢者雇用で高い実績を誇るトップ企業。
1977年「定年ゼロ」を実質的制度として導入。
全国に4つある「高齢者職業活用センター」の1つ(財)深川高年齢者職業経験活用センターを運営。
人材育成重視と、企業は人の幸せを長期にわたり保証する機関との企業理念、及び個別生産型の企業性格(技術蓄積重視=人材育成と長期雇用の必然性)から生まれたシステム。
地域対応の独立法人を多数設置する独特の経営スタイルと、従業員のタイトル、機能、給与は相互に関連しない独特の仕組みを取る。
以上
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