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調査研究報告書

「コミュニティビジネス」のひらく可能性―新しい起業とコミュニティによる問題解決―
(1)研究の趣旨
  近年、我が国でもコミュニティビジネス(以下「CB」と省略)への関心が高まり、さまざまな議論が行われるとともに、地方自治体などが積極的に支援に取り組んでいる。CBという言葉は英国で80年代に生まれたとされ、一般的には、コミュニティの問題解決のため、ビジネスの形態を取って行われる活動を指す。しかし、その概念の規定や位置づけは未だあいまいである。
 本調査研究では、CBを『中小企業白書 2004年版』の位置づけを引用し、「(1)地域住民が主体、(2)利益の最大化を目的としない、(3)コミュニティの抱える課題や住民のニーズに応えるため財・サービスを提供する、(4)地域住民の働く場を提供する、(5)継続的な事業または事業体である、(6)行政から人的、資金的に独立した存在である」ものと定義した(但し、全項目を同時に満たす必要はない)。その上で、各地のCB立ち上げの実態を追い、それらの目的や社会的意義・役割・可能性を明らかにした。また、その事業性の確保・経営のあり方、「起業」の一形態としての評価・特徴づけについても明らかにするとともに、問題点や課題を検討し、我が国経済社会の活性化・安定化、多様な企業家社会の創造、諸問題の解決などに寄与することを企図した。事例として組織形態や事業のあり方の異なる15社を取り上げた。
(2)研究の概要
◎CBへの関心の高まりとその意義
 近年のCBへの関心の高まりとその意義は次の3つの観点に整理される。(1)経済発展の過程で表面化した経済・社会問題の解決の場としての期待(例えば、物質的充足の半面で失われた「こころの満足」、核家族化や都市化の進展による「コミュニティ崩壊の危機」、介護支援、子育て支援、身障者の社会参加サポート等の社会情勢の変化による新たなニーズ)(2)「働き方の多様化」→所得目的以外の労働力提供インセンティブの高まり。(3)「市場の価格メカニズム」や「政策」による諸問題解決の限界からくる、地域の人々の協力や信頼関係に基づく「コミュニティ・ソリューション」への期待の高まり。他方で、本来、地域社会活性化や雇用の拡大などの課題解決を期待される政府・地方自治体は、(1)公平性・平等性が重視される公共サービスでは、地方の実情に合わせた肌理細かな対応が困難である、(2)財政赤字に直面して手が回らない――等の事由からCBに大きな期待をかけている状況にある。

◎事例企業15社の概要
 
組織形態は法人企業8社、NPO3団体、企業組合等の組合組織4団体と多様で、正社員・常勤スタッフ数が10名以上の事業体は僅か3社であった。。但し、労働力を非常勤スタッフやボランティアに依存しているケースも多く、見た目以上に多くの人々に支えられていた。NPO法施行(98/12)の影響もあり、創業2~3年の企業が多い一方で20年以上の業歴を持つものもある。総収入額は平均約1億2千万円で、かなり大きな事業展開の先が多かった(全国のNPO法人全体の平均は1,530万円)。支出に占める人件費の割合は平均約42%で世間並みかやや高めであった。年収300万円以上の常勤スタッフ数は多くても2名で、概ね0~1人であり、CBが多くの低賃金・無償労働によって支えられている現状が再認識された。なお、事例企業の収支は一部を除き、収支均衡ないし若干の赤字である。

◎事例企業の類型化とその社会経済的位相
 
CBの「社会事業」は営利と非営利、純粋な社会貢献と商業主義との中間に位置する。この中間性ゆえの不安定さがCBの創業と発展を阻む最大の要因である。そこで、収益安定性を確保し、長期的存続を可能とするには何が必要かとの問題意識の下、事例15社を類型化し、その長所・短所を比較した。
 CB設立・運営の原動力には、(A)「ニーズ=プル」と(B)「リソース=プッシュ」の2つがある。前者は、解決すべき課題があり、その解決のためサービスを提供するケース。課題が明確なため、的確な財・サービスの提供可能性が高い一方、課題が解決、或いは変化した場合、うまく対応できるかが経営上の課題となる。後者は、経営資源としての人材や設備が存在したり、共通の“想い”や“理想”があってその具現化のため立ち上げるもの。経営資源調達が容易で立ち上げやすいが、コミュニティのニーズや課題の解決にどれほど寄与できるか不明確な点もある。次にCBの継続的活動を保証する要因の有無で(1)安定的背景要因(必要な人材採用の仕組み、その事業体の生産した財・サービスに対する固定客の存在、不採算事業を補う収益事業や他社からの寄付等)あり、(2)なし―の2つに分けられる。一見有利な(1)も、問題が解決したり、ニーズが消滅した場合もCBが存続し、社会的非効率の温存となる可能性がある点は注意を要する。
 設立・運営の原動力と継続的活動を保証する背景要因の組み合わせで事例企業を類型化し、類型ごとに整理した経営上の特徴は以下の通りである。
(A)―(1)型 2社→事業の方向性が描きやすく、リスクも相対的に少ない。課題は事業の具体化やスタッフの確保。課題・ニーズの変化に合わせた事業内容の変更もポイント。(A)―(2)型 3社→前例対比、事業の継続性の面で圧倒的に不利で、何らかの収益源確保が必要。(B)―(1)型 8社→継続性では最も有利な反面、事業の種類により収益性・継続性の変動が大きく、経営者にビジネス的発想が求められる。背景要因の存在が、環境変化に対応した事業内容の見直しの障害となる可能性もある。(B)―(2)型 2社→最も不安定な型で、地域の問題・ニーズを調べ、必要な製品・サービスを開発し顧客に問い掛ける起業家的能力が重要である。
 必ずしも利益追求が目的でないCBでも、経営者の役割は極めて重要であり、通常の企業経営者と同じ起業家的能力が大なり小なり要求される。

◎事例企業の分析(1)起業に至る背景と過程~コミュニティ起業家の形成
 CBも基本的には新事業の起業である。公共性ある使命をあくまで「ビジネス」として軌道に乗せていく主体である「コミュニティ起業家」の経歴とキャリア形成過程は事業の成否・発展可能性を相当に左右する。CB起業家も、一般の起業家同様、使命感や目的達成へのリーダーシップ、組織力調整等とともに、様々な経営資源の結合と活用能力が求められるが、CB起業家の場合、強い使命感、目的意識ゆえに並みの起業者たちよりもその価値観や目的設定においてむしろ強固であり、また本来未知の分野への挑戦であるCBは、スキルが確立されていないケースが多いため、一般の企業家以上に様々な試練とその教訓が学習と成長の機会となっている等の特徴が窺われた。職業経験や企業経験の少ない人にとっては後者の重みは特に大きい。
 事例のコミュニティ企業家の特徴として(1)女性起業家が多い(9例)、(2)創業、乃至事業へ参加した際の年齢は、概して比較的高齢の人と若い人の両極をなしている、(3)必ずしもその地域の出身者ではない、――等が挙げられる。また、キャリアバックグラウンド別に分けると、(1)職業キャリア形成型→ある程度職業経験を積み、事業化に生かせるキャリアを身につけている、(2)企業家経験型→職業経験に加え、当該事業に関わる前から他の企業経営を経験し、豊富な事業経験を持つ、(3)「運動」経験型→生協等の組織運動を積極的に担い、地域住民としてのキャリアを積んでいる、(4)生活密着・社会参加型→生活の中での交友関係や地域活動を通じ、社会参加への意欲と経験を積んできている、(5)何もなし→(1)~(4)のような経験を殆んど持たぬ人が事業を任され、これを担い続けている例。キャリアがないのを障害とせず、自己変革を率先実践して、自立を目指す新しいスタイルを作り上げている。―-の5類型になる。いずれの場合も、事例の企業家は自己の能力を生かしているが、それのみでは十分でなく、次項で述べるメンター(=mentor助言者)が存在する例が多い。
 コミュニティ起業では「想い」を具体的な事業機会に結びつける上でのあいまいさ・弱さが散見される。また事業分野の未知性等によるビジネスシステム構築の困難もあり、経験蓄積とモデル化の必要が顕著である。経営資源も資金を初め殆んどの場合不足している。しかし、CBの「コミュニティ性」が経営資源の調達や市場機会の具体化、事業発展につながる人脈の広まり等に直接間接に寄与することで、こうした制約や困難がある程度「コミュニティ・ソリューション」の形で解決される可能性も確認できる。サプライ・デマンド両サイドとビジネス自体を繋ぐコミュニティという強い紐帯が存在し、その意味で事業機会の発見とビジネスシステムの構築が表裏の関係にあるところが、CB起業成功への鍵と言えよう。コミュニティ性と経営資源調達について見ると、資金面では、事業の公共性から行政や公共部門からの援助・助成や低利融資等のサポートや、民間レベルでも「社会的責任投資」や「コミュニティファンド」などの支援がある可能性がある。人材面でも、人脈による事業機会の確保発展や諸方面との連携の追及において「ひと」のつながりという要素が様々生かされることにCBの特徴がある。
 但し、コミュニティ性のリスクにも注意が必要である。相互の人間的信頼と社会性ある目的の共有に立脚するコミュニティを悪意に利用しようとするものが出る可能性があり、また社会に貢献するCBも企業としての公準やルール軽視は許されない。CBにおいてもコンプライアンスやガバナンスの問題は今後避けられぬ課題であり、管理・チェック体制の確立が求められる。

◎事例企業の分析(2)事業性・安定性確保の方法と課題
 事例から得られたCBの直面する課題・矛盾とその解決策は以下の6点である。(1)“想い”か“採算性”か→ある“想い”実現のための事業体も長期存続のためには採算の合う事業を行う必要がある。しかし、採算性が“想い”の実現に優先しては本末転倒である。CBに関わる人々の継続的なコミュニケーションを通じて、「なすべきこと」を絶えず本質に立ち返って考え、確認し続けることが重要である。なお、初期段階では、補助金・助成金の活用も有効である。(2)いかに収益力を高めるか→CBはその性格上、通常の手段や考え方では採算が取れない。何らかの収益力を高める仕組みを考える必要がある。そのために先ず必要なのは広告活動である。また一般にCBは、大なり小なり自身の「ミッション事業」以外の収益事業を行っている。その1つに行政の委託事業の受託があるが、単なる受託ではなく、“提案型”の事業受託が望まれる。それにより行政の信頼が高まり、かつ収益性も高まる。(3)資金調達の問題→殆んどの事業体に資金的余裕のないのが現実で、通常、金融機関借入、行政の補助金・助成金、寄付金等が資金調達手段となる。その中で「少人数私募債」発行による設備投資資金の調達例が注目された。(4)外部での学習機会、外部からの人材流入→環境変化に応じた経営改革はCBにも欠かせない。多くのCBでは、直接経営には携わらないが、経営者の求めに応じて“メンター”的立場で助言を与える人が存在している。ボランティアや学生インターンの受け入れも外部との情報交換の現実的手段となりうるものである。(5)「労務管理」のあいまいさ克服→多様な人々が協働するCBでは、労働とその報酬の関係はかなり複雑であいまいである。このあいまいさは、しばしば組織の中での役割分担のあいまいさにつながる。このため、ボランティアとの間で「ボランティア合意書」を交わし、勤労意欲継続のための双方の役割確認を行っている例が注目された。(6)知的財産戦略→自社開発製品・サービスにつき特許や商標権を取得している事例企業は殆んどなかった。しかし、CBの社会的認知度が高まるにつれ、商品名やマーク、キャラクター等を勝手に利用する者が現れる可能性がある。今後、周到な知的財産への取り組みが必要となろう。

(3)結 び
 CBは単に市場、行政の経済機能の弱点を補完し、社会の諸問題解決に貢献する「第三の経済」の役割を果たすだけでなく、「コミュニティソリューション」という枠組みの中で、信頼と互酬性に基づく人間同士の関係の中での事業活動という特徴を備え、その意義はますます高まっている。従って、その安定的・持続的発展のための環境整備が必要で、関係者達の更なる努力が望まれる。その場合、画一的な発想に陥らないことが先ず必要である。
 CBの経営力強化に向けた共通の取り組み課題として(1)事業規模・収支・資金繰り、(2)人材の確保・育成、(3)組織のマネジメント、(4)事業拠点の確保などが挙げられ、その政策的対応やサポートの環境づくりが望まれる。例えば、(1)については自助努力に加え、行政からの委託事業の拡大、新規事業推進、資金繰りへの公的支援の他、地域を基盤とする民間の資金循環乃至は金融メカニズムを生かした仕組みづくり等である。
 しかし、当研究報告で資金面の環境整備以上に重視したいのは、人材の育成や組織のマネジメントに関わる問題である。CBを立ち上げてもその後の運営が思うように進まない例も多く、起業後の能力形成と経験の蓄積、求められる人材の拡充が極めて大事である。そのためにはビジネスの内外での経験交流や情報交換、組織的な学習機会の確保、外部からの支援・助言の提供、専門家支援のインフラ構築、人材の斡旋や紹介の仕組みの確立が望まれる。また「学習」は「次のコミュニティ起業家」を育てるという意義も大きい。
 肝心なことは、コミュニティが真の意味で機能するように「地域の自立に向けた意識改革」を行うとともに、CBがその重要な支えとなれるように、社会全体がコミュニティ起業家を育てる気運と環境を整え、それぞれなりの寄与と役割発揮を果たすことである。
以上
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