本調査研究の視点は「アパレルメーカーの生産分野における弱体化のなかで、ニットメーカーは環境変化にいかに対応・適応して企業の存立を図っているか」である。
まず、ニットの特性と生産工程での特色についてふれ、その後、調査対象である五泉・見附の「ニットメーカー、産地卸商、関連専門企業の多元・多様な挑戦の姿」、およびその「挑戦を可能にした産地共有の存立基盤」について考察する。
セーター、スポーツウェアーなどに代表されるニット製品は同じ衣服素材の織物に比べて、伸縮性・柔軟性・保温性・通気性などに優れた特性があり、当初は肌着として普及した。しかし、これらの特性と衣料のファッション化とが結びついて、近年、織物と並ぶ服飾衣料として、重要な部門となっている。生産工程の面でも特色がある。生地は購入するのではなく生産工程の過程で作られる。糸から直接に完成品まで作り上げていくので、布帛製品のように、生地取引の中間段階が存在しない。従って、横編みニットでは多くが一貫生産メーカーであり、生産全般をコントロールしている。繊維二次製品製造業のなかでも横編みニットメーカーは、メーカーとして製品、特に、編み地(ニットの素材と編み)に対する主体性が高いといえる。
ニットメーカーの環境変化への対応・適応は、バブル崩壊後の需要の低下によるニット製品の生産の減少、およびアパレルメーカーの中国へのニット製品調達のシフトにより、需要の絶対的縮小にさらされたことに起因する。しかし、ニットメーカーに直接的に影響を及ぼしたのは、安定した受注先であったアパレルメーカーの変質である。アパレルメーカーは市場の細分化と消費動向の把握のために、製品の企画開発よりも小売販売に力を入れるようになった。そのため、ニット製品のような周辺分野に対しては専属のデザイナーの配置を縮小または廃止する企業が増えた。ニット製品の企画開発はアパレルメーカーの外部で行われるようになり、その傾向はここ数年、顕著になってきた。アパレルメーカーの企画力の低下は、ニットメーカーにとっては主体性を高める好機となり、各ニットメーカーにより様々な試みがなされてきた。こうしたアパレルメーカーの方向転換と、産地ニットメーカーの新しい挑戦により、今日、発注者と生産者のこれまでの境界は不明確になり、ボーダーレス化が進行している。
今回の調査にあたって、「ニット産地の縮小からの反攻」を考えるとき、まず、挑戦の内容を主体別にニットメーカー、専門商社・産地卸商、関連専門企業に分類した。さらに、その中心的存在である有力ニットメーカーについては挑戦の方向性別に5グループに細分化した。
<有力ニットメーカーの挑戦:方向性別分類>
1) デザイン分野へのアプローチ ―総合提案力の強化―(事例紹介企業6社)
バブル崩壊までの一時期は、両産地のニット産業が好調であり、OEM生産が隆盛で、ニットメーカーはアパレルメーカーからいわれるままに作っていれば利益がでた時期であった。しかし、それは同時にニットメーカーの商品企画開発力を奪う結果となった。最近になって提案強化を図り企画開発をする企業群が現れ始めた。提案のありようは様々であるが、売り上げ低迷下で提案型企業への転換が1つの活路となっている。今日においても、OEM生産は産地の主流であるが、その内容が以前とは異なり、企画開発の面で、ニットメーカーの主体性を発揮する領域が増してきたといえる。
提案力の強化は外部のデザイナーやアドバイザーと契約して外部の人材を活用することにより図られていた。デザイン分野にアプローチし、企画の原点から関わろうとする姿勢は、工程の一部についての提案とは異なる総合提案力として捉えられる。事例企業群は、この総合提案力の強化を通して将来の展望を抱いているといえるし、これはニットメーカーのソフト分野の強化にとどまらず、生産と経営の安定をもたらすものであることも分かった。
2) 販売分野へのアプローチ(事例紹介企業2社)
ニットメーカーが自らリスクを取りながら流通の川下領域に展開している企業群である。事例の2社は自社ファクトリーブランドを保有し、小売り部門へ進出を図っていた。生産においては、企画開発のみならず複合素材製品(ニットと布帛や皮革などの異素材を組み合わせたもの)をも含み、フルアイテムの本生産まで展開していた。自社ブランド製品は多品種極小ロットであったが、それに対応した生産体制を整備・構築していた。
3)生産技術の高度化・独自化への特化(事例紹介企業1社)
ニットメーカーがアパレルメーカーや問屋の機能を取り込み新たな展開を見せているなかで、編みの技術に特化することにより、差別化を試みている企業である。事例企業は編機を使いこなし、機械に工夫を加え、通常能力以上の力を発揮している点で独自の展開をみせていた。
4)需要即応体制の構築(事例紹介企業2社)
需要即応体制の構築により競争力を発揮している事例である。事例の2社は短納期の生産体制を早くから構築したことにより、受注先の信用を高め、新しい取り組みへの自信を深めている企業群である。衣服需要の縮小により、期近になってから製品が発注されるようになり、糸入手や染色工程段階で納期が遅れる事態が深刻になってきている。そのような状況にあって短納期生産体制は、市場の動向に素早く対応するだけでなく、常態的に必要な生産体制である。加えて、提案力を備え市場に精通していることは製品の納期だけでなく顧客のニーズに即応するという点でも重要な要素となっていた。
5)生産基盤としての中国生産の組み込み(事例紹介企業2社)
ここで取りあげた事例企業は、コスト削減を追求して中国へ展開するのではなく、自社の製品に不可欠な工程が、国内では求められなくなったので、それを海外へ求めた姿である。最終的には国内で作れないものを完成させており、生産基盤の一つに中国を取り込んだ事例である。
<専門商社・産地卸商の挑戦の姿>
1)提案能力のある専門商社化と産地卸商の新たな展開
現在、五泉・見附に支店を持ついくつかの地域外の商社、そして産地卸商は自らアパレルメーカーに対する提案力を持つことにより、中堅ニットメーカーを中心としたニット製品の生産能力を活用し、それらの企業にとっての存立展望をもたらす核になっている。
中堅ニットメーカーで、アパレルメーカーに対して、独自の提案力を持つには至らないが、また、独自の販売ルートを持ちえてはいないが、ニット製品の生産技術・能力は十分な中堅ニットメーカーにとっては、これらの専門商社や産地卸商は、中堅ニットメーカーの反攻の中核になっている存在なのである。さらに有力ニットメーカーにもっと多様な展開を可能とさせてもいるのである。
<関連専門企業の挑戦の姿>
1)染色加工と縮絨加工業の広域的展開による生き残り
新潟県内のニット産業が、全体として縮小する過程で、染色等の関連の専門加工業への需要も、絶対的に縮小した。その中で、事例企業はそれぞれ一定の開発能力を持つことにより、さらには受注地域をより広域化することにより、あるいは関連分野へ進出することによって、専門加工業としての存立展望を確保し、黒字決算を実現していた。専門加工企業として、産地の枠を越えた経営戦略を持ちえたからこそ存立展望が開けたのである。その結果、五泉や見附地域にとっても、ニットの染色加工や縮絨加工といった専門加工業で開発能力のある企業を域内に保持しえていることになる。
2)新たな棲み分け、検品業の形成
検品を軸に、新潟の立地を活かし製品在庫・配送機能を持つ検品業を形成していた。特に、相対的に高級な製品については、質の高い検品作業、補修作業を導入し、返品率を圧縮することにより、中国との差別化に成功していた。
<挑戦を可能にする両産地共通の存立基盤>
提案型ニットメーカー等にとって、その挑戦を可能にする、五泉・見附の共通の存立基盤を確認できたことは重要である。
① 地元ニットメーカーは編み地開発やパターン作成は全面的に内製化しているが、リンキング加工やプレス加工、あるいは屑とりといった部分については特定加工に専門化した中小零細加工企業や県内の家庭内職者層を活用している。その大量存在が挑戦にとって必要不可欠であるということである。
② 紡績メーカーが開発した新素材を新企画の高級ニット製品の編み地として開発できるメーカーが多く集積する五泉・見附は、新素材をもとにした新たなニット関連製品を、多様に開発しているし、今後ともより多様に開発する可能性を持っているといえる。また、同時に、染色加工等の専門加工業企業も、五泉・見附地域には、新染料等を薬品メーカーとともに共同開発する能力のある企業が存立している。まさにこのような地域環境は、五泉・見附のニット産地を、ファッション性の高いニット関連製品について、新素材等の新技術を利用して高度化を目指すのに、適切な地域にしている。
③ ニット製品は単にニット編み地からなるだけではなく、布帛あるいは皮革その他の部分との複合製品として企画開発される場合が多くなってきている。その際、ニット産地の周辺に、新発田に代表されるような布帛等の産地があり、布帛等についての縫製技術等の関連技術の蓄積があることが、ニットメーカーにとって複合製品の開発進出をより容易にしていた。ブランドとしての品揃えのために、布帛関連等の製品も不可欠となるが、周辺に布帛関連の産地が存在していることは、産地集積内立地企業として独自性を実現するための、独自な存立基盤であるといえる。