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調査研究報告書

中小企業のハラールへの取組
1. 調査の背景・目的

世界のイスラム教徒(ムスリム)の増加や訪日ムスリムの増加により、日本におけるイスラム市場への注目が高まっている。このイスラム市場への参入にあたっては、イスラム法に規定された戒律に照らして「許されたもの」を指すハラールへの対応がキーとなる。ハラール対応は、サプライチェーン全体で実施する必要があり、様々な業種が関連する。

現在の中小企業のハラールへの取組をみると、食品製造業等でハラール対応を行い輸出を行う企業や、国内においてハラールに取り組むレストランや宿泊施設がみられるが、中小企業のハラールへの取組について採り上げている調査・研究はほとんどみられない。

そこで本調査研究では、文献調査及びハラールに関連する中小企業・団体へのインタビュー調査から、ハラールに取り組む中小企業の実態と今後の展望を明らかにし、中小企業がハラールに取り組む上での方策や戦略について分析を行った。

2. 調査方法
(1)文献・資料調査
既存の統計や分析を用いて、ハラール及びハラール認証について概観し、海外及び国内のハラール市場についての調査を行った。
(2)インタビュー調査
ハラールに取り組む中小企業等8者、地域でハラールに取り組む中小企業等4者、ハラール認証発行団体3者に対してインタビューを実施した。
3. 調査結果
(1)ハラール及びハラール認証の概要
①ハラールの概要
(a)ムスリムとハラール

イスラム教徒(ムスリム)は、社会生活のすべての領域において、イスラム法(シャリーア)の規定に従って生活している。イスラム法は、イスラム教唯一の経典であるコーラン、預言者ムハンマドの言行録であるハディース、イスラム法学者の見解であるイジュマーウラマー、上記基準からの類推であるキヤースに立脚している。コーランには、ムスリムの日常生活を規定する5つの行為基準と3つの対象物の基準があり、この中でハラールは、許可された行為・物を表す。基準には、このほか、禁止された行為・物を表すハラーム、ハラールであると確信を持つことができない行為・物を表すシュブハが存在する。

(b)ハラールの範囲

ある行為・物のハラール性を確保するためには、関連するすべての行為・物においてもハラールである必要があるため、ハラール性の確保は、原材料、加工方法、包装、貯蔵、物流、陳列などすべてのサプライチェーンに及ぶ。このため、ハラールの範囲は、食品以外に、飲食業やホテル・旅館業、医薬品、化粧品、トイレタリー製品、物流にまでわたっている。

(c)ハラール基準

ハラールの具体的な基準や範囲に関する法律(世俗法)は存在せず、各国の宗教機関が独自に定めている。

②ハラール認証の概要・全体像

ハラール認証とは、認証機関が製品・サービスのハラール性を証明する制度である。ハラール認証を取得した製品は、ハラールマークと呼ばれるロゴを製品に貼付することができる。ただし、国によってハラール認証の具体的な要件は異なる。

食品におけるハラール認証は、ISOやHACCP等の食品衛生規格と製造ラインやトレーサビリティ、社内体制といった点で関連性が高く、科学的根拠に基づく食品衛生機関と互換性がある。

企業がハラール認証を取得するには、製品・サービスに関する書類審査と認証機関の実地検査に合格する必要がある。認証取得後は認証機関の定期的な検査を受ける。

(2)各国ハラール市場の特徴及び認証制度
①ハラール市場のポテンシャル

ムスリム人口は、2012年には18億人と世界人口の約25.5%を占めるとされ、2030年には約22億人、2050年には26億人に増加すると予測されている。また、2015年の市場規模は1兆米ドル超えると予測されている。

国内においては、在日ムスリムは少ないものの、マレーシア、インドネシアを中心として、訪日ムスリムは拡大傾向にあると考えられる。

②ハラール市場の特徴及び認証制度
(a)海外ハラール市場
(b)国内ハラール市場

訪日観光客の増加から国内ハラール市場への関心が高まっている。国内のハラール認証は、在日ムスリムや訪日ムスリムを対象とする国内向けのハラール認証と、海外ムスリムを対象とする輸出向けのハラール認証の2種類が存在する。国内向けのハラール認証は、各認証団体が独自基準に則って認証を発行しているのに対し、輸出向けのハラール認証は、海外イスラム認証機関から公認を受けた認証団体しか発行することができず、公認を受けた国の基準に則って認証を発行している。

訪日ムスリムに対応するのであれば、ムスリムの要望に沿ったサービスを提供するムスリムフレンドリー対応により対応できる場合が少なくない。ムスリムフレンドリーの基本的な考え方は、自社で実行可能なできる限りの対応を行い、そのサービス内容を分かりやすくムスリムに提示することで、ムスリムが自らサービスを受けるか選択できるようにするということである。

(3)ハラールに取り組む中小企業の動向
①インタビュー調査

ハラールに取り組む中小企業等8者、地域でハラールに取り組む中小企業等4者、ハラール認証発行団体3者(宗教法人日本イスラム文化センター、NPO法人日本ハラール協会、宗教法人日本ムスリム協会)に対するインタビュー結果は以下のとおりである。

②既存文献等による調査

ハラールに取り組む中小企業や地域の事例に関する文献調査を行った。

③中小企業のハラールへの取組動向
(a)ハラールに取り組む中小企業の業種・参入製品・経緯・取組の特徴

業種は、製造業では食品分野で取り組む企業が多く、化粧品分野でも取組がみられた。サービス業では、外食業や宿泊業、コンサルティング業での取組がみられた。

製品に関しては、輸出実績のある企業は少なく、販路開拓を模索している企業が大半を占めた。インバウンドに関しても、販路を模索している段階の企業が多く、中小企業のハラールへの取組が、まだ試行段階にあることがうかがえた。

参入の経緯に関しては、外部から勧誘・紹介されて元々自社の主力製品をハラール化することでハラール市場へと参入した企業が多数みられた。

取組の特徴としては、技術的な課題を乗り越え、元の性能を損ねずに製品のハラール化を行っていた。一方で、従前よりハラール性を満たす製品を製造していたため、比較的容易にハラール市場へと参入した企業も存在する。また、いずれの場合も、外部から何らかの支援を受けてハラールに取り組んでいることも特徴として挙げられる。

(b)取り組む中小企業の共通項
1)各種認証の取得

ハラール対応を行うためには、高いレベルでの製造管理、品質管理、衛生管理、トレーサビリティの確立を行う必要があり、これを実施していることを証明する書類を作成しなければならない。これらに類似した手続きが必要であるISOをはじめとする各種認証に取り組んでいる中小企業が、培ったノウハウを生かして取り組んでいた。

2)オーガニック製品、無添加製品の製造

動物由来の原材料・成分を使用せず、もともと自然由来の原材料・成分を使用している製品はハラールへの互換性が高い。このため、ハラールに取り組む企業では、以前からオーガニック製品や無添加製品に取り組んでいる企業が多くみられた。

3)コスト削減 ~既存設備の利用

新規の事業に取り組むに当たり、できる限り既存の設備を使うなど新規投資を抑える工夫をしている企業が見られた。他方で、新規設備の方がハラールでないものが混入する確率が少なくなると考え、あえて新規に設備を導入する例も見られた。

(4)中小企業がハラールに取り組むための方策と問題点・課題
①企業のハラールへの取組フロー

ハラールに取り組む際、企業はまずハラールに関する情報収集を行いハラールへの理解を深めたのち、輸出を行うのであればターゲット国の環境分析、インバウンドであれば訪日ムスリム等の動向についての分析を行っている。

その後、ハラール市場への参入の是非、あるいはハラール認証取得の必要性について検討を行い、事業可能性について精査を行う。参入が決定されると、責任者を指定するなど社内体制を構築し、食品安全・衛生管理手順を実施するとともに、サプライチェーン全体でハラール性が確保されるよう原材料のハラール性の確認を行う。

実際の運用段階では、製造業であれば、ハラール専用の製造ラインを用意し、飲食業であれば、専用の食器・調理場・冷蔵庫等を用意している。

企業がハラール認証を取得する場合は、自社のハラール事業の目的と照らし合わせて認証を取得する認証機関を決め、書類審査、実地検査を経てハラール認証を取得している。

②中小企業が取り組む上でのキーファクター・戦略
(a)取組のキーファクター
1)ハラール(ムスリム・イスラム教)への理解

ハラールに取り組む上で、まずイスラム教を背景としたハラールの概念について理解することが重要である。ハラールはイスラム教という背景を持つため、特殊と感じられてしまう傾向にあるが、ハラールを理解することで、ムスリムのニーズを適切に理解することが可能となる。また、ハラールは単にマニュアルに沿って形だけの製品・サービスを提供すれば良いわけではなく、ムスリムからマニュアル外の要望があった場合に、適切に対応することも必要となる。これにも、ハラールへの深い理解が必要である。

2)社内体制の構築

ハラールに取り組むための社内体制を構築することも、ハラール対応の重要な要素である。ハラール対応は、製品企画、製造、営業すべてにかかわるものであり、組織的な対応が必須となる。このため、全社横断的な委員会を設置し、兼務であっても各工程でハラール対応の担当者を置く必要がある。ハラール対応は、ISOやHACCPなどの組織対応と共通点があり、これらの認証を取得している企業は取組に有利である。

3)サプライチェーンの構築がカギ

ハラール対応を行うには、最終製品のみではなく、全てのサプライチェーンにおいてハラームとの接触を防ぐ必要がある。使用する原材料がハラームまたはシュブハである場合には、ハラールな原材料へと交換しなければならない。このため、中小企業にとって、ハラールのサプライチェーン構築は容易ではないと考えられる。

4)ハラール認証の効果と限界

ハラール市場に参入をすることと、ハラール認証を取得することは別である。ハラール認証の効果について適切に理解することも、ハラールに取り組む上で重要である。ハラール認証を取得し、ハラールマークを表示することは、あくまでも製品に付加価値を加えるに過ぎない。事業の進出可能性を精査してから、ハラール認証の必要性・有効性を判断し、ハラール認証を取得することが求められる。新規事業に進出する際に当然考えるべきマーケティング活動が、ハラール対応において疎かにされている。製品が顧客のニーズと合致しているか、製品の販路があるかという一般的なマーケティングを実施することが必要とされている。

(b)ハラール戦略
1)販売方法・製品戦略
ⅰ)「健康的・安心安全・衛生的」という価値を売る(国内日本人市場)

ハラールであるためには、添加物を使用せず、清潔な環境下で製品・サービスを提供しなければならないため、ハラールであることは、「健康的・安心安全・衛生的」の証であるといえる。日本人の多くはハラールに対してなじみがないため、ハラールというだけではイスラム教向けの特殊な商品と誤解され、敬遠されかねない。しかし、健康や安全といった普遍的な価値をアピールすれば、日本人にもハラール製品の効用や魅力を訴求することができる。

ⅱ)情報開示で売る~パッケージの表示の改善(海外市場・インバウンド市場)

動物由来の原料を使っていない場合、製品がすでにハラールであるケースが少なくないため、自社の製品が動物由来成分やアルコールといった原料を使用していないことを情報開示することがポイントとなる。この時、ムスリムが理解しやすいよう、英語表記やピクトグラム(絵表示)とする必要がある。ムスリムがハラールであることを理解しやすいようなパッケージデザインとすることで、海外市場を取り込める可能性がある。加えて、国内においても訪日ムスリムに製品・サービスがハラールであることをアピールすることが可能となる。

ⅲ)実行可能な部分的対応で売る(在日ムスリム市場・インバウンド市場)

ハラール対応には様々な段階があるが、製造ならラインの一部で少量から生産を行う、レストランならハラール対応したレトルトの使用など、自社のニーズに合致した範囲での部分的な対応が可能であり、中小企業にとって取り組み可能なレベルでのハラール対応を行うことが肝要である。認証を取得しないという対応も選択肢としてある。ただし、ムスリム個人が許容できる対応レベルは様々であるため、自社の取組やハラール性の範囲を具体的に説明できるようにしておく必要がある。

ⅳ)原材料、素材を売る(海外市場・国内市場)

ヒット商品の開発は難易度が高い。しかし、最終製品をつくることにこだわる必要はない。サプライチェーンにおいて確実にニーズがある原材料・素材こそ、品質で勝負できる中小企業向けの分野であるといえる。製品の原材料・素材の販売においては、ハラール製品を生産する海外企業に販売することも可能であると共に、国内においてハラール製品を開発している企業にも販売することが可能である。

2)販売対象の明確化
ⅰ)ターゲット~日本人にも売る(国内日本人市場)

東南アジアへの販売は現地の富裕層向けが基本となり、インバウンドもこれから発展していく市場であるため、ムスリムのみを相手どるのではなく、日本人も顧客として見込むことが必要である。ハラール製品は、「健康的・安心安全・衛生的」といった普遍的な価値を持つものであり、日本人にとっても付加価値を持つものである。

ⅱ)B to Bで売る(インバウンド市場)

現在、訪日ムスリムが増加していることから、国内の飲食業界やホテル業界に業務用ハラール製品の需要が高まっている。また、ハラール対応アメニティグッズや土産品に関しても需要が期待できる。販売力の弱い中小企業は、B to C(ムスリムへの直接販売)だけでなく、B to B(ホテルやレストランへの販売)を考えることも一考の価値がある。

3)日本製ハラールの内在価値をアピール
ⅰ)「クールジャパン」として売る(海外市場)

「メイドインジャパン」は中東、東南アジアでは高品質の証と考えられており、日本製品はいわば憧れの存在ともいえる。このような海外市場における需要を逃さないために、メイドインジャパンを前面に押し出したハラールなクールジャパンとして売り込むことも戦略として考えられる。クールジャパンに関連する政府・自治体の支援策を利用できる可能性も広がっている。

ⅱ)性能・品質は日本仕様。一方、パッケージはムスリム好みで売る(海外市場)

ハラール対応に当たって、原材料の変更を余儀なくされる企業が少なくないが、それでも製品の味、品質に妥協せず、性能を従来品と同等のレベルまで引き上げる取組が、海外市場を取り込むためには必要である。一方で、パッケージはムスリムの好みと合わせることで製品を手に取ってもらいやすくすることが、ムスリムの需要を取り込むに当たり有効であると考えられる。

4)地域連携
ⅰ)地域的な取組で売る(海外市場、インバウンド市場)

地域内で情報共有ができることから、地域的な取組を行うことも有効な戦略である。これにより、仕入れ、加工などで地域内企業が協力し合い、シナジー効果を高めることが可能となる。また、地域的にハラールに取り組むことで、海外の展示会等への共同出展や国内インバウンド需要を取り込む共同での販路開拓などで効果が期待できる。

③中小企業が取り組む上での問題点・課題
(a)ハラールのあいまいさ

ハラール制度を成文化・公表している国が少なく、国際的に統一されたハラール認証規格も存在しない。これに加えて、日本人の多くはイスラム教になじみがないため、ハラールについての共通認識を形成できないことが、日本企業のハラール対応を困難としている。また、国内においても、自社の目的と合致した認証機関を中小企業が単独で探すことは容易ではなく、ハラールのあいまいさによる認証機関の選定の難しさが課題として残っている。

(b)ハラールに関する情報不足と支援の必要性

中小企業にとっては、ハラールに関する情報が少なく、また相談する場所も少ないことから、適切な対応が難しくなっている。ハラールに取り組もうとしている企業に、適切なアドバイスを行うことができる機能を担う主体が必要とされている。

(5)中小企業のハラールへの取組拡大に向けて
①地域的な取組の活発化

中小企業がハラールに積極的に取り組んでいくためには、中小企業がハラールに関する情報を取得し、相談をすることができる環境整備が必要である。これには、地域的な取組が有効と考えられる。

②自治体支援の拡充

ハラールを推進し、ムスリムの需要を取り込むことは、政府の重点政策である輸出・インバウンド政策に資するものと考えられる。しかし、現在、行政の支援は、セミナーやガイドブックによる情報提供にとどまっている。地場産業の育成の一環として、マーケティング支援や認証取得支援、設備投資支援などの直接的な支援制度が整備されることが期待される。

③産学連携による取組の促進

アルコールや動物由来成分の使用が制限されるハラール製品の開発は、技術的な問題に直面することが少なくないため、技術力や実験設備を所有する大学の果たす役割は大きい。また、ムスリム留学生や海外大学とのネットワークを活用したマーケティングなど販売面での役割も期待できる。

④従業員確保という視点でのハラールへの取組(ダイバーシティ)

従業員確保という視点から、地域や中小企業がムスリムの生活しやすい環境を整えることで、イスラム圏から労働力を受け入られる可能性があり、ハラールへの取組意義が増すと考えられる。

⑤ツアービジネス・教育視察(インバウンド)

教育視察など、ムスリムを相手としたツアービジネスも有望と考えられる。ムスリムのニーズを的確にくみ取り、ビジネスチャンスを捉えていく必要がある。

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