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調査研究報告書

伝統産業の酒造りおよび日本酒メーカー(蔵元)の展望について
(1)研究の趣旨
  日本酒離れの指摘がなされて久しく、日本酒業界は、全体として縮小傾向にある。しかもその傾向は20年以上も続いている。そのため、企業数は年々減少し、収益力も低下している。アルコール消費が頭打ちとなる中で、ビールやワイン、焼酎の台頭により縮小するパイの争いに苦戦し、さらに最近は流通構造の変化の影響を大きく受けて、日本の伝統産業である日本酒メーカーはまさにその存続のための対応を迫られている。
 本調査研究では、政りごとや冠婚葬祭など、日本人の生活に深く、長く関わってきた日本酒、その酒造りが「伝統産業」であることに視点をおいて、日本各地の蔵元13社を調査し、蔵元がどのような状況にあり、今後も存続していくためにはどのような対応が必要かについて考察した。本テーマについては、関係行政や同業組合等から、種々の指導、提案が相次いでいるが、ここではそれらの指導、提案とは違った角度で分析し、意見をまとめるよう努力した。
(2)研究の概要
◎業界の概要と外部環境の変化
  日本酒の出荷量は1973年をピークに長期的低落が始まり、現在もその傾向に歯止めがかかっていない。1996年と2001年の比較でも、出荷量(国内)は701万石から536万石に、売上高は9,136億円から6,680億円に、営業利益も356億円から75億円へ大幅に減少し、企業数も2,158社から1,958社に減っている。また、中小企業基本法の定義による中小企業が99.5%を占め、大企業は9社にすぎない。しかも年間製成量100kl(約555石)以下が65.6%と「小」企業が支配的な構造である。
  また、最近の外部環境の変化として流通構造の変化が上げられる。既に、一般小売店で買われる日本酒は45%(1999年)にすぎない上、2003年9月に酒類販売が事実上自由化され、今後スーパーやコンビニでの販売の割合が更に増加すると予想される。こうした小売りチャネルの自由化の加速は、卸売チャネルにも影響を与え、大手食品卸売企業による地方の小規模卸売業者の合併、併合等、卸売部門の業界再編が進行している。こうした中で、ロット、価格、物流等の条件が厳しくなって、従来の流通チャネルを失い苦境に立たされる日本酒メーカーは少なくない。
  日本酒業界では、業界自身や個々の企業努力では実現できないこと(原料米価格引き下げ、ワインの清酒並課税、酒類免許の交付規制etc.)が多くあり、その影響度も大きい。このような外的与件を清酒業界にとって有利な方向へ変えていくことで清酒業界全体の活性化を図ることは、現実的には困難である。このため、本調査研究では、環境変化に対する個々の企業の対応策について検討した。なお、ここで注意しておきたいのは、小売段階で8,000億円近くある清酒業界の市場規模は、ハンバーガー市場(約6,000億円)、ラーメン市場(約7,000億円)を凌いでおり、十分に大きく、個々の企業は大きな摩擦なく、売上、ないしマーケットシェアを伸ばすことができる内部環境にあるということである。

◎研究の進め方と研究結果
研究を進めるに当っては、調査企業のうち「菊水酒造(株)」(新潟県新発田市、創業明治15年 生産量約4万石。当社は消費者に敏感な感性を持って、積極的な商品開発と独自性ある市場開拓を行い、制度に縛られがちな当業界の中で、業界の大勢に距離を置き、消費者主導のビジネスを志向して業績を上げている。また、日本酒文化の蓄積と情報発信のための研究所を建設中であるなど、社業発展と社会貢献を両輪としている。)を一方の事例として提示し、それに他の事例先の研究を照射した。そして、地域産業の担い手としての蔵元、日本文化に根ざした「国酒」としての日本酒といった視点をも入れた上で、日本酒業界の各部門別の対応を検証し、できるだけ普遍的な経営行動を示唆することを心掛けた。
  【川上部門への対応】
 
原料米は農協の県単位組織である経済連から、日本酒造組合中央会の県単位組織である「酒造組合」が買い入れ、それを各メーカーが仕入れる制度的仕組みが出来上がっており、個々のメーカー同士で差別化する余地は少ないが、各社が独自に行っている取組みとして、地元農家との契約栽培がある。その地方の酒造好適米を契約栽培してもらうもので、こうした米を使うことで日本酒メーカーは商品の差別化が図れ、また原料米の高さが頻繁に指摘される中、独自に米を栽培することでコストが下がるケースも見られる。2001年の農業生産法人制度改定で株式会社による経営が可能になった。法制度改正の趣旨に沿った形でその運用が実施されれば、川上部門への働きかけをコストダウンや新商品開発等の戦略目的で行うメーカーが増えると予想される。
  【川下部門への対応】
 
川下部門の変化は小売り部門や卸売部門の大型化であり、その適応には日本酒メーカーは一定以上の取引規模が求められるとともに、ブランド力や商品開発力等が必要になる。また、厳格な商品管理システムや棚割りで運営されているコンビニやスーパーでは、陳列されるブランドは少数に絞り込まれ、気長にブランドを育てながら売るといったことは期待できない。
 こうした中で個々のメーカーの対応は、(1)新しい卸売や小売に適応したり(例:コンビニ向け500ml瓶の商品開発)、(2)既存のチャネルの活用で生き残りを図ったり(例:新ブランド投入に当り、従来取引のあった小売店から選抜した酒販店による新組織「久保田会」を結成した朝日酒造(新潟県))等がある。ただし、既存のチャネルを従来通りに活用し、地方の卸売業者と盛衰を共にする例も少なくない。(3)消費者への直接販売(例:ショップ等の直営店、DM等による通信販売や組織化された会員向け販売、インターネットによる販売、の3種類)がある。但し、現実には、殆どのメーカーが3種類の対応を自社に適合する形ですべて実施している。
  【市場〈消費者〉への対応】
  これはコミュニケーション、商品開発、新市場の開拓の3つに分けられる。
  コミュニケーションは、常設のショップ・レストランやイベントなどによる消費者との直接対話と、媒体を通したものとがある。後者はTV等のマス媒体、DM等の紙媒体、デジタル媒体等広範であるが、複数の手段を組み合わせるのが通常である。前者では、単なる飲食の提供や商品販売ではなく、蔵見学といった形で消費者との接点を設けている例もある。イベントは蔵元の清酒と食事を楽しむものが多いが、参加者の多くが女性であるなど、マクロデータとは全く違う世界も存在している。
  商品開発については、1990年の級別制度廃止に伴い、業界が価格競争から品質競争に向かおうとしたことや、輸送・保存環境の整備が進んだことを背景に、原料(使用米、米麹、アルコール等)や精米歩合等の違いといった要素に加えて、容器の違い等の要因も加わり商品数が増加してきた。しかしこうした商品数の増加は一部で混乱も引き起こしており、商品数の見直しを始めたメーカーも少なくない。また、商品開発は、瓶やラベルのデザインにも及んでいる。これは日本酒の新しい飲み方や楽しみ方の提案により、消費者の関心を再び呼び戻すためのものと言える。
 新市場開拓については、その1つに海外市場がある。輸出量は2002年で25,000石弱と全体の0.5%程度ながら、メーカーは手ごたえを感じている。関税やまだ価格が高いなどの問題から、業界全体の足並みが揃わず、まだ有志がゲリラ的に行っている状態であるが、海外における日本食の普及状況から考えても成長市場と期待されている。もう1つの新市場として注目されるのは、低アルコール酒等の新タイプの日本酒で、日本酒の「幅」を広げ、日本酒人口減少に歯止めをかける大きな力になると期待される。
  【業界内部における活性化への対応】
 業界内部の動きとしては、(1)業界独自の努力によって可能な競争環境の整備-――規則やルールの変更(例:2003年10月の、精米歩合の自由度拡大と情報開示の促進をセットで行った特定名称酒の精米歩合の表示義務付け)や、清酒のイメージ向上に対する取組み(日本酒の、心・体・美容の3つのテラピー効果を訴える「Osakeテラピーキャンペーン」)、(2)個々の日本酒メーカーによるネットワーク構築による経営活動の可能性拡大の追求――「日本酒ライスネットワーク」による胃潰瘍に効く「米米酒(こめこめしゅ)」の開発・販売や、「日本地酒協同組合」による協働輸出、百貨店等への納入や販売促進活動、等がある。
  【個別企業としての対応と戦略の類型化】
 今回のヒアリング調査と製成数量別経営指標分析により導き出されたのは次のようなことであった。
 ある程度効率的経営が可能になる最小最適規模は1000石レベルであり、このクラスのメーカーは消費者との絆を強化する事で付加価値を上げ、生き残りの方向性が見出せる。これ以下のレベルのメーカーは最低1000石レベル迄スケールアップする必要がある。製品を通した消費者との対話に特徴が見られる5000石クラスになると、既存もしくは新しいチャネルと向き合い、強いブランド力を構築する事により、流通チャネルで主導権を発揮することが求められる。1万石以上の規模になると、一定以上のブランド力の存在が前提ではあるが、流通チャネルで主体性を確立するだけの規模が備わってきて自社に最適なチャネルの選択が可能となる。しかし、経営指標を見ると、当業界では「大きいほど良い」とは言えない。10万石規模以上のメーカーは生産における規模の経済を、販売管理費の規模の不経済が相殺している状況にある。これはマス媒体により事業展開するには中途半端な規模とも言え、企業合同により100万石以上のメーカーを目指すか、規模を縮小してでも、ブランド価値を高める戦略が考えられる。
  また、事例企業から見てとれたのは、厳しい状況にある日本酒業界にあって、健闘している先が、現在の経営を支えるもとになった試みを行ったのはいずれも1970年代であることである。日本酒業界に限らず、個々の企業が成長するには、業界に先駆けて革新的な挑戦を繰り返すしか方法はないといえよう。

(3)結 び
  各種規制の下、製造・流通両部門とも概して保守的な考えの影響を強く受けてきた日本酒業界でも、現在、流通部門の自由化が進展しており、卸売部門の大型化も急テンポで進んでいる。こうした中での問題点は2つである。それは、(1)日本酒メーカーを中心とする製造部門と流通部門の関係がどのようになっていくのかということ、(2)製造部門の元締めともいえる日本酒造組合中央会が、流通部門の巨大化に対し、いかなるビジョンを持って望もうとしているのか不明確で産業政策的視点による戦略が見えてこないこと――の2点であり、このままでは清酒業界の主導権が流通部門に移行してしまう恐れがあるといえる。
  事例企業は中堅企業が中心で、数の上で7割近くを占め、経営的に最も厳しい100kl以下の小規模な蔵元が入っておらず、また、整成数量で大きな地位を占めているパック酒中心のメーカーや10万石以上のメーカーの調査も月桂冠1社に止まっている等の制約はあるものの、結論として次のことが言える。
  (1)個々のメーカーに成長機会がある。――業界全体の落ち込みを止める有効策の発見は容易でないが、個々の蔵元の成長機会は失なわれておらず、企業単位での経営能力の差がますます経営成果に反映されよう。
  (2)規模別戦略の可能性――個々のメーカーの戦略は千差万別であるが、大雑把に言えば、生産量1000石グループは消費者との距離の縮小・紐帯強化を通じた付加価値の向上、5000石グループは強力なブランド価値の構築、数万石グループはブランド価値に加え、主体性を維持した流通チャネル対策といった規模別戦略が存在するのではないかと考えられる。
  (3)業界リーダーシップ企業の必要性――業界構造の視点から見ると、業界全体を牽引する強力なトップ企業が必要であろう。100万石レベルの企業が数社存在する構造も選択肢の1つであり、合併・買収の自由度が高まることが求められる。
  日本酒業界の将来像を決めるのは、結局、個々の企業の革新的な取組みの積み重ねであり、ヒアリング先で出会ったような経営者に対する期待が膨らむ。そのためには業界政策や産業政策を通じた環境整備を行って、彼らの能力を十分に発揮させるようにすることが重要であるが、そうした点は依然未解決のままなのは気がかりである。例えば、清酒業界の自由化の流れが流通部門ですでに始まっている中で、川上部門に規制が残ったままでは、日本酒メーカーの経営革新は阻害される恐れがあるといわざるをえない。
以上
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