Scroll

調査研究報告書

スタートアップ・エコシステムの地方都市モデルに関する

調査研究

―中小企業とスタートアップとの連携、新たな起業家コミ

ュニティに注目して―

第1章 調査研究事業の目的と方法

1.調査研究事業の目的

本調査研究事業の目的は、スタートアップ・エコシステム(SES)の地方都市モデルを検討することである。SESとは、「スタートアップ(SU)が創出・成長する持続的な仕組み・制度・環境」を指す。国は、2022年に「スタートアップ創出元年」を宣言し、トップダウンでSU政策を推し進めている。同年、「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、「5年後の2027年にスタートアップへの投資額を10倍にすること」「ユニコーン企業を100社創出し、スタートアップを10万社創出すること」により、日本が世界有数のスタートアップの集積地になること」を目標に掲げた。現在のユニコーン創出状況を見てのとおり、人材・資金・SU支援インフラなどSESの要素が充実している巨大都市・東京に優位性がある。そうした資源に制約のある地方都市においても、「地方創生」の一環として、SUの創出・成長を支援したいところである。本調査研究事業では、「第1期SES拠点都市(2020年~24年度)」に選定された地方都市(図1)を主な対象とし、SESの形成プロセスを調べ、その特徴を明らかにする。

図1 第1期「スタートアップ・エコシステム拠点都市」

注:経済産業省「スタートアップ政策について」『第6回 産業構造審議会イノベーション・環境分科会イノベーション小委員会』2025年2月13日より転載。

SESの地方都市モデル検討にあたっては、第1に、各地域において、どのようなSUや起業家が生まれて、成長していったのかのプロセスを捉える。当該地域らしいSUに注目し、地域中核企業(アンカー企業)からのスピンオフ創業や、新たに地域に形成された起業家コミュニティの特徴を明らかにする。第2に、地域の中堅企業・中小企業サイドからのアプローチを試みる。地域の中小企業とSUとの協業や連携に注目し、後者の技術等を活かした前者のイノベーション実現可能性などについても検討する。また、当該地域の既存産業・中小企業とSUの新たな起業家コミュニティとの関係性にも着目し、SES形成プロセスについて社会的文化的文脈を背景とした地域的制度の視点(特に「制度的起業家」の視点)から検討する。第3に、自治体や地域金融機関など支援サイドからみたSES形成支援の重点ポイントについて、国の目線ではなく地域サイドの目線から検討する。

2.調査研究の対象と方法

調査研究事業の対象であるスタートアップ(SU)は、その定義が曖昧であるが、ここでは政策現場の実態に即して「狭義」に捉え、創業一般(その多くは「スモールビジネス型」)と区別する(表1)。

表1   起業モデルとしての「スタートアップ」と「スモールビジネス型」
起業のタイプ (狭義の)スタートアップ スモールビジネス型
(成長ステージ) 創業時、創業してから間もない若い企業
※「広義のスタートアップ」は「新しく事業をはじめること(準備段階を含む)」
(担い手) アントレプレナー(起業家)
※「スモールビジネス型」の担い手は、「マイクロ・アントレプレナー」とも言われる
成長方法 Jカーブを描く(急成長、急拡大)
成功すれば巨額のリターン(ハイリスク・ハイリターン)
(目指すは、ユニコーン企業)
緩やかに成長(ゆっくりと成長)
そこそこのリターン(ローリスク・ローリターン)
(小規模のまま)
市場環境
イノベーション
世の中にまだない市場、不確実な環境下での競争
既存市場を再定義するような破壊的イノベーション
既にある市場。市場環境の変化は少ない(ニッチ市場)
既存市場をベースにした持続的イノベーション
スケール 初期は少数だが、一気に
多くの人に届けることができる
少数から徐々に増やすことができる
少数のままで運用できる
関わる
ステークホルダー
ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家 自己資金、銀行
対応可能市場
(立地)
労働力の調達・サービスの消費があらゆる場所で行われる(世界中が市場で世界中から経営資源を調達)
※)本社機能は東京などグローバル都市に集中
労働力の調達・サービスの消費が行われる
場所は限定される
※)地方圏でも点在。地域密着型ビジネスが可能

 資料:田所雅之(2017)『起業の科学』日経BPをもとに、筆者作成(括弧は筆者の加筆)

なお、経済産業省(2025)では、スタートアップの意義として、①経済成長のドライバー、将来の所得や財政を支える新たな担い手、②雇用創出にも大きな役割、③新たな社会課題を解決する主体としても重要、といった3点を挙げている。

本調査の対象とするSES拠点都市は、表2に挙げた5地域(札幌、仙台、浜松、沖縄、鶴岡)とする。札幌、仙台、浜松の3地域は、第1期の「SES拠点都市」に選定されている。沖縄は、第2期に「SES拠点都市」選定されており、「1人当たり所得が低い」など、地域の特徴が出やすいので調査対象に加えた。鶴岡は、他の4地域と違い人口10万人規模の中小都市であるが、長い時間をかけてSESを形成してきたユニークな事例であるため、今回の調査対象に加えた。

この5地域のスタートアップ・ エコシステム(SES)の関係者に対し、訪問インタビュー調査を実施した。基本的には、1次データにもとづいて報告書をまとめている。巻末で紹介する企業(SUと地域企業、計55社掲載)に加え、各地域の自治体・金融機関・大学等のSES関係者に対してもインタビュー調査を行った。

表2              調査対象地域の概要
地域 札幌市 仙台市 浜松市 沖縄県 鶴岡市 福岡市
人口(2024年1月) 1,956,323人 1,066,862人 788,885人 1,485,669人 118,692人 1,633,918人
労働力人口(2020年10月) 867千人 524千人 420千人 732千人 64千人 748千人
同 第2次産業構成比 13.7% 15.4% 33.4% 13.7% 29.7% 13.0%
同 第3次産業構成比 82.5% 80.9% 61.7% 79.9% 60.2% 83.0%
企業の事業所数(2021年) 72,730 47,321 33,755 63,593 6,079 74,867
工業 事業所数(2023年6月) 1,287 718 2,627 983 290 887
製造品出荷額等(2022年) 5,932億円 11,178億円 22,169億円 4,743億円 5,836億円 6,545億円
同 粗付加価値額(2022年) 2,250億円 623億円 8,316億円 1,652億円 3,826億円 2,138億円
小売業 事業所数(2021年6月) 8,413 6,085 4,888 9,998 1,167 9,877
商業 年間販売額(2020年) 9.5兆円 3.7兆円 2.8兆円 2.8兆円 0.2兆円 13.6兆円
1人当たり所得(2023年) 363.3万円 384.6万円 327.7万円 225.6万円 298.5万円 404.2万円
持家世帯比率(2020年10月) 48.6% 49.0% 64.8% 46.4% 78.6% 36.8%
地方税収(2023年度) 3,538億円 2,231億円 1,524億円 1,865億円 156億円 3,689億円
財政力指数(2023年度) 0.71 0.88 0.81 0.26 0.41 0.87
歳出総額(2023年度) 12,001億円 5,839億円 4,101億円 8,483億円 756億円 11,049億円

資料:東洋経済新報社『地域経済総覧2025年版』『都市データパック2025』より筆者作成。

第2章 スタートアップ・エコシステム論と今後の研究課題

第2章では、学術的にみたSES(=起業エコシステム「EE」:Entrepreneurial Ecosystem)論の特徴と課題を示している。EE 論では、SU起業家や起業活動を個人的・内的な側面だけではなく、個人・組織・制度・文化など多様な要素が相互作用するシステムとして捉える。SU起業家を核に据え、その活動を支える社会的・制度的環境を包括的に捉える点に特徴がある。著名なポーターの「産業クラスター論」においても、企業や産業の地理的集積による外部経済の発生とそれによるイノベーション促進を指摘していたが、それらの中心は「企業」や「産業」であり、「起業家」そのものを中心に据えた理論ではなかった。

EE論の代表的研究者の一人であるスピーゲル(Spigel)は、EEを「イノベーティブなスタートアップの発展と成長を支え、新興起業家やその他のアクターがハイリスク事業に挑戦することを促す地域の社会的・政治的・経済的・文化的要素の結合」と定義し、三層構造として整理した(図1)。スピーゲルによれば、これらの三層が補完的に作用し、循環することによって、地域のEEは自律的かつ持続的に発展する。

図1     スピーゲルの起業エコシステム概念図

資料:Spigel (2015)より筆者作成

ただ、国内外の先行研究をレビューすれば、SESの形成条件として構成要素を列挙するだけにとどまり、SESの形成プロセスを動態的に捉えようとする実証研究が少ないことが分かった。国による「第2期SES拠点都市(2025年~29年度)」に向けた資料においても、SES形成のためには「スタートアップ・起業家、大学・研究機関、大企業、VC・金融機関、政府・自治体など、エコシステム関係者が、相互に連携し、それぞれの役割を深化すべき」と指摘はしているが、そうした構成要素がどのように相互作用・連携するのか明示的ではなく、各地域SESの実態把握も不十分な状況にある。

学術的なEE論では、SESを固定的・静態的に捉えるのではなく、時間とともに変化・発展するプロセスとして解明するものである。Spigel (2020) によれば、EE の変容プロセスの契機や牽引力となるものとして、初期段階では、偶然的な出来事(例、アンカー企業の撤退や経済的ショック)、新たなSU起業支援政策の導入、SUの象徴的な成功などが挙げられる。また、EEの変化の土台として、各地域の歴史的に形成されてきた産業資源や制度環境の影響がある。他方で、地域の制度や文化がSUや新産業形成のあり方を左右する。実際、日本のように、起業活動を抑制する社会が続いてきた場合、SESの発展は容易ではない。

こうした状況を突破する主体として、スピーゲルは、制度や文化の変容を促す「制度的起業家(institutional entrepreneur)」の役割を取り上げている。制度的起業家は、必ずしもSUの創業者とは限らず、起業家の課題を理解し、新たなコミュニティの形成を牽引する様々なインフルエンサーが想定されている。こうした主体が新たな価値観やビジョンを提示し、共有され、具現化されていくことで、エコシステムは活性化し、持続的な進化を遂げていく。本調査研究事業においてSESの形成プロセスを捉えるため、こうした「制度的起業家」に注目した。その存在を要素論的に理解するだけではなく、制度的起業家が登場し受け入れられる社会的背景、その個人的行為が集団的行為へと拡大するプロセス、またその制度的起業家や協力者が具体的にどのような戦略や工夫を通じて資源上の制約を突破していくのか、各地域事例では当該地域固有の文脈を踏まえて解明していく必要がある。

第2章では、フィンランド・オウルの事例について、EE論を踏まえた一つの模範的なケーススタディとして取り上げ、「制度的起業家」の実態にも触れつつ、改めて上記のSESの枠組みや論点について確認し、次の点を今後の学術上の研究課題として提示した。第一に起業エコシステム(EE)の動態的プロセスの解明、第二に制度的起業家をはじめとする主体の役割、第三に中小都市におけるEEの成立条件と発展戦略、第四にEEの地域経済への波及や影響、といった4点である。第3章以降での事例研究においては、ここで示した研究課題を踏まえて実施し、SESの地方都市モデルを検討する(ただし、本調査報告書は学術専門書ではないので、EE論の理論的発展に貢献することを目指すものではない)。

第3章 地方都市におけるスタートアップ・エコシステムの実態

1.日本のスタートアップ・エコシステム(SES)政策の概観

まず、日本のSU政策、「第1期SES拠点都市」形成の状況を概観した。やはり、日本ではSU支援の資源が東京に集まっており、SU政策の到達点といえるユニコーン企業も東京のSESから主に誕生している点を確認できた。次に、「第2期SES拠点都市」を見たが、全体ビジョンとして、「世界に組み込まれ主要な役割を果たす日本のエコシステムを形成し、グローバルに成長し稼げるスタートアップを創出する」ことを掲げていた。今後はSUを成長させてユニコーンを生む、拠点都市をグローバル水準に引き上げるといった「高さ」に重点を置くべきとの趣旨である。こうした国によるSU・SES政策および第2章の先行研究レビューを踏まえつつ、5地域(札幌、仙台、浜松、沖縄、鶴岡)のSESの実態について調査した。以下、各地域の調査結果のなかで特徴的な点を挙げる。

2.札幌の事例

札幌らしいSUとしては、「サッポロバレー」系譜のIoT/AIのSUが挙げられる。札幌の地域産業としてのIT産業は、50年超の歴史を持つ。1976年、「マイコン研究会」が始まり、その自主的な学習コミュニティが「サッポロバレー(ITベンチャー集積)」のルーツといわれる。札幌地域では、IT起業家の自主的な学習コミュニティとして1996年に「NCF」がつくられ、その後継として「札幌BizCafe(2000年)」が誕生した。2000年時点で、JR札幌駅北口には50社超の自然発生的なITベンチャーの集積が形成された。ただ、「サッポロバレー」は、ITバブル崩壊以降から衰退プロセスを辿り、ビー・ユー・ジー(アンカー企業)の社名が消えた2013年頃には、その「終焉」が囁かれる。

サッポロバレーのルーツの時代から活躍していた村田利文氏(ビー・ユー・ジーの創業者、スピンオフ創業したソフトフロントをIPOするまで成長を牽引した第1世代起業家)は今でも現役であり、札幌・北海道「第1期SES拠点都市」の推進機関「STARTUP HOKKAIDO(オール北海道の産学官金コンソーシアム)」の「顔」の一人として名前が挙げられている。村田氏は先輩起業家として札幌の次世代起業家に対する支援を積極的に行っており、エンジェル投資組合のSFF(Sapporo Founders Fund)を設立する。SFFのエンジェルは非公表であるが、サッポロバレー系譜の第1世代・第2世代の起業家の名前が散見される。村田氏は「AI」の自主的な研究会を主宰しており、今の札幌AI政策で中心的な北海道大学の川村秀憲教授とも協力関係を持つ。また、札幌市SES政策の中核にいるD2Garage(「STARTUP HOKKAIDO」の運営主体)の佐々木智也氏とも交流し、村田氏はSUの新しいコミュニティにも通じている。

サッポロバレー系譜に埋め込められた第一世代の「制度的起業家(第2章)」の村田氏が世代間を跨いで活動することにより、第二世代・第三世代の「制度的起業家の継承と連鎖的輩出」があり、それが基盤技術の変化・蓄積と札幌SES形成プロセスに大きな影響をもたらしたものと捉えられる(図2)。

図2  札幌地域SES形成:起業家の世代交代とコミュニティの継承、基盤技術の蓄積

資料:ヒアリング調査(巻末掲載)にもとづき筆者作成

3.仙台の事例

仙台らしいSUといえば、一つは、震災復興から広がってきた社会起業家、そのなかでもSUとしての条件を満たす「インパクトSU」が挙げられる。もう一つは、東北大学発SU、特に「ディープテックSU」である。特に、後者のディープテックSUは、東北大学が世界的に見ても研究上の競争力のある「材料科学」「エレクトロニクス/デバイス」分野において期待されている。それは、「カーボンニュートラル」のような国際的な社会課題(ビッグアジェンダ)の解決にも資する。ただ、現時点では、東北大学発 SU の多くは、プレシード・シード期にあり、ディープテック分野でのグローバル競争の意識も強く、地域のSES関係者との交流をあまり多く持っていない。

仙台のSES形成プロセスといえば、初期は仙台市の行政主導で進められ、「スーパー公務員」の白川裕也氏がSES形成推進者の役割を担ってきたことで、全国的にSU支援関係者にもよく知られている事例である。ただ、現在では、クローズドになりやすい大学発SUを地域経済と接合させる仕掛けを試みる「制度的起業家(社会的企業家の竹川氏、アトツギベンチャーの橋浦氏や髙橋氏など)」の「束」が出来てきており、SESの変化が見て取れる。

4.浜松の事例

浜松地域のSES形成プロセスは、図3として示すことができる。

図3    浜松地域のスタートアップ・エコシステム形成プロセス

資料:筆者作成

浜松らしいSUといえば、ロボティクスと光電子の技術領域に見られる。浜松地域の事例では、札幌と同じく、過去にIT分野の産業クラスターが形成され、アンカー企業(ヤマハ発動機、アルモニコス)からのスピンオフ連鎖と集積内での技術伝播があった。そこから地域に影響力のある制度的起業家といえる三浦曜氏(ヤマハ発動機をスピンオフしてアルモニコスを創業者した第1世代起業家)が誕生し、彼のもとで企業組織を越えた地域の学習コミュニティ(RCOP)が形成される。IT分野から光電子/医療機器といった新たな技術領域や製品開発に関する学習テーマへと広がり、浜松地域の基盤技術の拡張と蓄積が進み、参加メンバーも中小企業経営者を含めて多様化した。この第1世代の制度的起業家からRCOPを継承する次世代の制度的起業家として吹野豪氏(浜松を代表するロボティクス分野のSU・リンクウィズを創業)が誕生し、新しいSUコミュニティがSES形成プロセスに接合する。浜松の事例では、産業クラスター形成の時代・ベンチャービジネス支援の時代(2000年代)からSES形成プロセスへの移行(2015年~)がスムーズにみえる。それは三浦氏-吹野氏に見られる「制度的起業家の世代間継承」が円滑であったからと捉えられる。また、浜松では、同様の事実が光電子分野でも見られる。浜松ホトニクスおよび光産業創成大学院大学を設立した晝馬輝夫氏(第1世代起業家)の意思を継承する池田貴裕氏(パイフォトニクス)など、浜松らしい光電子分野のSUが創出されている。

5.沖縄の事例

沖縄SESの事例では、その推進体制が構築されるプロセスに特徴が見て取れた(図4)

図4    沖縄スタートアップ・エコシステムの推進体制形成プロセス

資料:筆者作成

沖縄らしいSUとしては、IT技術を活用して、「沖縄問題」の解決を目指すインパクトSU、SaaS系SUなどが挙げられる。実際、沖縄では、「IT×観光」も含め、地域固有の社会的課題に対しソフトウェア開発などITによるソリューション事業を展開するSUが目立つ。特に、沖縄の事例からは、SESの形成条件として、「コミュニティ」を起点としたエコシステムの重要性を改めて確認できる。沖縄固有の特定のテーマや局地的な場所(例:コザ)で生まれたコミュニティからSU起業家が輩出される。異分野の越境学習からの気づきを通して制度的起業家(第1世代の比屋根隆氏、第2世代の豊里健一郎氏)が誕生し、より大きな「沖縄問題:強くしなやかな自立型経済」に対抗するパワーを求め、支援サイドの協力者(第1世代の大西克典氏、第2世代の兼村光氏)とタッグを組み、SES形成上の問題(例:IT高度人材養成、地域ファンド組成)に取り組む。各領域(人材・金融・技術等)での制度的起業家の連帯による「束」ができた段階で、フォーマルな産学官金連携のコンソーシアムによる「オール沖縄」のSES形成の推進体制は実効性のある組織となった。

6.鶴岡の事例

鶴岡らしいSUは、慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)を基盤としたバイオ(メタボローム)領域に存在する。鶴岡のSESは小規模ながら(9社のSU)、東証マザーズに上場したHMTや、ユニコーン企業となったスパイバーなど、先駆的な企業が誕生している。

HMT社をはじめとするIAB発SUの多くが本社およびR&D拠点を鶴岡に維持しているが、その理由としては、①IABを中心とする人材や知識・技術の蓄積、②IABや冨田勝氏(制度的起業家:スター・サイエンティストでIAB初代所長)の域外ネットワークを通じて、国内外から多様な人々が訪れ、鶴岡に居ながら様々な資源にアクセス可能、③鶴岡の生活環境(豊かな食文化や自然環境)が優秀な人材を惹きつける、④研究者や起業家達の社会貢献志向(自治体による継続的財政支援や献身的な地域政治・地域社会の支え)などが挙げられる。

IABおよびHMT社のメタボローム解析技術は、その解析プロセスに高度な専門性や閉鎖性を有するものの、その適用範囲は広く、米やワイン、加工食品など地域産業の品質向上やブランド形成に活用可能である。地域の中小企業の中には、IABやSUとの共同研究を通じて、製品改良や生産性の向上を実現した例も散見される。その背景には、メタボロームの汎用的性格も影響しているが、サイエンスパーク内外の人的ネットワークを基礎に、先端知識の移転や応用を実際に可能にする制度や工夫が見て取れた。

第4章 地方都市でスタートアップが持続的に創出・成長する条件

本調査で取り上げた5地域のSES形成プロセスは、それぞれの地域の制度・文化や資源状況が異なることから固有性があり、そこでの成功事例や発展モデルを他地域へ移植することは難しい。本章では、第1章で挙げた3つの調査アプローチに照らし、5地域の事例から得られた事実発見を整理することでまとめとした。

1.スタートアップ(SU)の「型」の再考

第1章の表1のとおり、一般的には、起業モデルとして、「(狭義の)スタートアップ」と「スモールビジネス型」の2つに分類され、前者がSESの核となる。ただ、今回、地方のSESの実態を調査していくなかで、Jカーブに限らないSUの成長パターンがあることを発見した。一見すると、線形的にゆっくりと成長する「スモールビジネス型」起業と同じようであるが、事業内容を見れば、新規性・革新性・国際性を持っている。Jカーブ(狭義のSU)と線形(スモールビジネス型)の両者の中間に位置するSUである。こうした「持続的成長型SU」は、中小企業のスケールアップ、中堅企業化と近い文脈である。SUとしての意識ならば、企業評価額を計数目標に置くが、持続的成長型SUでは売上高や利益を目標に置く。エクイティ調達よりも融資を選好する起業家でもあり、SUだからと言って必ずしもVCありきとは限らないことが分かった。地方都市のSESにおいては、SUの「型」を一つのパターンにはめ込まずに、もっと多様なSUのリアルな実態に目を向けるべきとの含意を得た。

2.中小企業とスタートアップとの協業・連携モデル実現の可能性

地方の域内(同一地域内)における中小企業とSUの連携モデル実現の条件を分析した。浜松地域での事実発見にもとづき、その実現の条件を列挙すると、①SU起業家と中小企業経営者をつなぐ人物・コミュニティや場の存在、②長期的視点からの時間差の相互支援(WIN-WIN)関係(例:創業時はSU起業家に一方的なメリット、SUの成長拡大期には中小企業経営者にもメリット)が成立する背景、③両者の間に技術領域の親和性と基盤的技術の共有化、④地元の地域金融機関が域内のSUと中小企業の支援を融合的に実施、⑤地域産業政策の一環としてSES形成を進め、既存産業再生と新産業創出の両立支援や、中小企業のイノベーション促進支援(特に第二創業支援)を併せて実施する基礎自治体の存在、といった点を挙げることが出来る。

3.地方都市におけるスタートアップエコシステム(SES)の形成条件

SESの理論(EE論)での指摘のとおり、構成主体や構成要素を並べただけでは、相互作用や循環性・持続性のあるエコシステムにはならない。産学官金コンソーシアムの「器」を作っただけでは、SES形成を推進したことにはならない。「当該地域らしいSU起業家」は、地域の基盤技術とコミュニティをベースに輩出される。それぞれの地域の経済的・社会的・文化的・歴史的な文脈のなかで、「〇〇地域らしいSU」が創出・成長するような仕組み(スパイラルアップ型のSES)となれば良い。

地方都市における政策的な含意としては、SUの創出・育成やSESの形成がゴールではないということである。国のSU政策目的とは違って、地方都市の場合、地方創生や地域経済の持続的な発展を目指すうえでのSU・SES政策であるとの再認識が欠かせない。地方都市においては、改めて、「なぜSUを支援するのか」「どのようなSUを創出すべき(できる)のか」を問い直し、政策サイドにおいても当該地域の技術・産業史や歴史文化を学び直したうえで、総合的視点からSES形成計画を再検討すべきと言えよう。

【参考文献】

➢ Spigel, B. [2015]. The relational organization of entrepreneurial ecosystems.

Entrepreneurship Theory and Practice, 41(1), 49–72.

➢ Spigel, B. [2020]. Entrepreneurial ecosystems: Theory, practice and futures. Edward Elgar Publishing.

タイトルとURLをコピーしました