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調査研究報告書

中小企業の人材育成

1. 調査の背景・目的
 中小企業にとって人材確保のチャンスが到来している。リクルートワークス研究所の「大卒求人倍率調査」によれば、2009年3月卒の中小企業の就職希望者数は173千人であったが、2012年卒では219千人にまで増加し、求人倍率も4.26から1.86に改善した。しかし、多くの中小企業においては、人材育成のために時間やコストを多く割くことができないだけでなく、新卒者の育成に関するノウハウの蓄積が十分ではないという問題があることが想定される。
 人材の育成をめぐっては、何らかの問題を抱えている中小企業は多い。中小企業白書 2007年版の若手人材の育成状況に関するアンケートでは、「人材育成は不十分だが進んでいる」(58.4%)、「人材育成は進んでいない」(30.4%)という回答が多い。この要因に関するアンケートでは、「指導できる社員・職員がいない」(40.1%)、「教育にコストをかけられない」(23.9%)という回答が多くなっており、中小企業は体系立てて若手人材を育成できない状況にあることが要因と言える。これに加えて、「新人がすぐに退職してしまう」(23.9%)、「育成しても他社へ転職してしまう」(16.1%)という回答が多いことから、中小企業では体系的な人材育成ができていないため、若手を採用しても離職率が高いことが推察される。
 このような問題意識のもと、人材育成において困難に直面している中小企業の参考に資するため、中小企業の人材育成への取組状況について調査研究を行った。

2. 調査方法
(1)文献・資料調査
 既存の統計や分析を利用して、中小企業の採用や人材育成の状況を概観した。
(2)アンケート調査
 中小企業3,000社を対象に人材育成の取組状況や成功のポイント、問題点等に関するアンケート調査を実施した。
(3)インタビュー調査
 アンケート回答企業の中から、人材育成に力を入れている企業に対してインタビューを実施した。
3. 調査結果
(1)中小企業の人材育成を取り巻く環境
①人材の採用・活用・定着の状況
 中小企業における雇用の過不足DIは、2011年第3四半期以降、「不足」が「過剰」を上回っている。中小企業では、人材不足を主に経験者の中途採用で補っているが、近年では、中小企業を志望する大卒者が増えていることから、中小企業においても新卒の若手を採用する機会が拡大しているといえる。
 中小企業では、多様な人材の活用が進んでいる。女性と高齢者については、従業員規模が小さい企業ほど雇用比率が高くなっている。外国人労働者については、従業員規模の大きな事業所に比べて、従業員規模100名未満の事業所において、活用する事業所数が増加傾向にある。
 一方、離職率は、従業員規模が小さいほど高い。また、若年正社員の定着率1は従業員規模が小さいほど低くなっていることから、中小企業では、不足している労働力を若手で補うことが容易ではないのが現状と考えられる。
1 ここでいう定着率は、企業が直近10年間で正社員として採用した新卒者が現在まで働いている割合である。
②人材育成の状況
 中小企業の人材育成はOJTが中心である。一方で、計画的・中長期的な人材育成・活用の難しさと低い定着率が要因となって、技術承継が進まないことが問題として認識されている。
 中小企業における人材育成に関する既往の文献を整理すると、「教育体系」、「配置計画」、「キャリアプラン」、「評価体系」の四つの要素が人材育成の成功のポイントとして重要であるといえる。

(2)中小企業における人材育成の実態
 企業情報データベースより無作為に抽出した中小企業を対象としたアンケート調査結果を中心に、人材育成の取組みとその効果との関係や、人材育成を起点とした企業の成長実現に有効となる施策について分析を行った(有効回収数403件)。

①人材育成の四つの要素とその効果
 アンケート調査結果からは、人材育成の四つの要素を整備することは、定性(従業員の質向上等)・定量(売上増加等)両面での効果につながるという関係が見られた。なかでも、「キャリアプラン」、「配置計画」の整備は、定量的な効果につながりやすいことがわかった。

a)キャリアプラン ~仕事の引き合い増加・業績向上
 「キャリアプラン」の整備を行うことで、昇進・昇格基準が従業員にとって理解しやすくなることに加え、各従業員に求められる能力やスキルが明確となることから、従業員に業務遂行の達成感をもたらす方向に働く。このため、「従業員のモチベーションが向上」し、それが当該企業の顧客にも作用して、「仕事の引き合いの増加」、ひいては「業績向上」につながると考えられる。

b)配置計画 ~従業員の増加
 「配置計画」を実施している企業は、従業員規模が大きく、業務内容が比較的豊富な企業であるといえる。配置計画を実施している企業では、様々な経験を積むことが可能であることから、就職希望者に対する企業の魅力度が高まると考えられる。また、従業員が、幅広い業務経験を積み、幅広い知識を獲得できるため、質の高い従業員の確保につながると考えられる。分析結果からは、ジョブローテーションにより質の高い従業員を育成する取組が、企業の魅力度を向上させ、従業員の増加にもつながっていると考えられる。

c)教育体系・評価体系 ~人材育成のベースとして必要
 「教育体系」、「評価体系」の整備は、効果において特徴的な点はないことから、人材育成の四つの要素のなかでは基盤としての働きを持つものと考えられる。「教育体系(教育計画)」については、インタビューでは経営のための基盤として策定したという意見があった。また、「評価体系(評価基準)」については、インタビューでは、評価体系は人材育成の基盤であり、従業員への結果のフィードバックで効果が得られるという指摘が見られた。

②評価・処遇とその効果
 評価・処遇の方法と人材育成の効果の関連性を見ると、「評価項目の設定方法」、「処遇への反映度合い」により、効果に違いがあることがわかった。
a)評価項目の設定方法と効果
a-1)細かく設定 ~業績向上(定量的効果)
 「評価項目を細かく設定」している場合には、定量的な効果に結びつく傾向にある。従業員を細かく評価することで、やるべき業務内容・遂行方法が明確になり、目標が具体的かつ明確に意識されるため、企業の業績面によりつながるように従業員の行動を変革することが可能になると考えられる。

a-2)大まかに設定 ~従業員の質の向上(定性的効果)
 「評価項目を大まかに設定」することは、幅広い観点から従業員の能力・業務状況を評価することであり、従業員の質的な面での向上に結びつく傾向にあるといえる。

b)処遇の方法と効果
b-1)大きな差をつける ~仕事の引き合い増加・入社希望者増加(定量的効果)
 「処遇に大きな差をつける」ことをうまく従業員の動機づけにつなげると、社内が活性化し、よりよいサービスや商品の提供につながり、仕事の引き合い増加につながると考えられる。また、社内が活性化していることや、よりよいサービスや商品を提供していることは、企業の魅力度向上につながり、入社希望者の増加にもつながっていると考えられる。

b-2)若干の差をつける ~社内環境等の改善(定性的効果)
 「処遇に若干の差をつける」ことが互いに協力し合う風土づくりにつながることで、社内の雰囲気の向上=社内環境の向上の効果を生み出す効果があると考えられる。

③人材育成を起点とした企業の成長実現に有効となる施策
 人材育成の目的は、「採用」→「教育」→「従業員の質の向上」を通じて、企業が競争力を獲得し、「企業の業績の向上」の実現につなげることである。この『人材育成を起点とした企業の成長』を実現するために有効な施策を、各段階において整理した。
a)採用 ~処遇面での大きな差
 「採用」段階では、求職者に対する魅力度をアップさせる施策が必要である。先に見たように、「処遇面での大きな差」をつけ、従業員に動機を与え企業内部を活性化させること、よりよいサービス・商品の提供につなげることにより、企業の魅力度を向上させることが、入社希望者の増加にとって効果的な取組であると考えられる。

b)教育 ~評価方法の検討・モチベーション向上施策
 新人教育を含めた「従業員の教育」の段階では、従業員の質を高めることが当然重要である。この点から、「評価」をどのように行うかが大きな検討ポイントとなる。各従業員の教育ステップに応じて、大まかな評価項目設定により幅広い観点から従業員の能力を引き出すことに重きを置くのか、よりアウトプットを意識した細かな評価項目の設定により従業員の行動と企業の業績向上のリンクを意識したものとするのかを検討する必要がある。
 また、「評価」と並行して「従業員のモチベーション向上施策」の実行が重要である。「キャリアプランの整備」を行うことで、必要となる能力・スキルを明確化して従業員のやる気を引き出す取組が重要となるほか、評価結果をもとにした「処遇の差のつけ方」については、各従業員の教育状況に応じて「目標設定」と合わせて検討することが必要である。

c)従業員の質の向上・企業業績のアップ ~採用・教育の施策・取組のバランスの良い実施
 採用・教育の施策・取組をバランス良く実行することが原動力となり、従業員の質の向上、ひいては企業の業績の向上につながり、『人材を起点とした企業の成長』を実現することにつながると考えられる。

(3)人材育成に力を入れている企業の事例
 人材育成に力を入れている企業9社に対してインタビュー調査を実施した。以下、インタビュー調査でみられた各社の特徴的な取組みをまとめた。
(4)まとめ
①成功のためのポイント
a)採用ミスマッチの抑制
 既存文献などでも多数指摘されていることだが、採用のミスマッチを抑制することが、従業員の定着率を高め、人材育成をスムーズに進めるために非常に重要である。
 まず、多くの中小企業においては、入社希望者側が事前に収集することのできる情報が、大企業と比べて限られているため、入社前にイメージしていた業務内容と実際にイメージしていた業務が異なるといった情報の非対称性が問題である。こうしたことは、従業員の「やる気」の問題にもつながってくる。入社希望者の志望動機の多くはその企業の業務内容であり、業務内容に関する理解が相違したまま入社してしまうと、入社後に従業員のやる気の減退につながる可能性が大きい。
 したがって、採用を行う際には、入社希望者側の自社に対する理解が不十分であることを念頭に、採用に不利と考えられる面を含めて、できるだけ実態をありのままに伝え、相互理解を深めておくことが必要である。

b)根気強い育成への取組
 人材育成においては、すぐ結果を求めるのではなく、腰を据えて息の長い育成を行うという姿勢が不可欠である。採用活動では、必ずしも企業の狙いにマッチした人材を確保することができるわけではない。一旦確保した人材の戦力化を行う必要があることから、中小企業では、経営者がいかに本気になって、根気強く人材育成を行うかがポイントである。

c)評価の納得度を高める工夫
 従業員の定着率を向上させ、人材育成につなげていくためには、評価の不透明性を排除し、評価の納得度を高めていくための工夫が必要である。そのための取組として、評価者研修、フィードバック、コミュニケーションの実施が必要である。

d)内外リソースの活用
 社内のリソースが限られている中小企業では、外部のリソースを活用しながら効率的に人材育成を行うことが重要である。インタビューでは、多くの企業が社内教育と社外教育をうまく組み合わせながら、人材育成を進めていた。

e)社内の意識統一
 社内のリソースを活用して人材育成を進めていくためには、全社的に人材育成について意識を統一しておくことが重要である。人材育成の意識統一にあたっては、まず全従業員に経営理念や方向性を伝え、共有することが必要である。その上で重要な点は、必要なスキルや資格の明確化を行い、現場レベルで共通の理解が図られていることである。日ごろの社内のコミュニケーションが円滑に行われている場合は、社内の意識統一もスムーズに行うことが可能であり、必ずしもシステム化・見える化は重要ではないといえる。

②中小企業の今後の人材育成に向けて
 人材育成の成功のポイントは前述のとおりであるが、本調査研究を締めくくりとして、今後の人材育成において、留意しておくべき点を3点指摘したい。
 一つ目は、各企業の現状を踏まえて人材育成に取組むことである。インタビューでは、人材育成に成功している企業でも、現場レベルでの意識の共有やいわゆる「あうんの呼吸」で共通理解となっている企業が多く見られた。自社の実情をしっかり見据えたうえで人材育成に取組むことが重要であろう。
 二つ目は、教育責任を担うマネージャー・幹部の育成である。マネージャー・幹部の育成は、先に指摘した人材育成における全社的な意識統一において必要であるほか、評価者教育という観点からも必要である。
 三つ目は、経営理念の共有である。人材育成では、教育による知識や技能の向上もさることながら、企業の目指すべき方向性を共有しておくことが、全社共通の意識として必要である。戦力が限られている中小企業であるからこそ、全員で一つの目標に進んでいく体制を構築することが重要であるといえよう。
 中小企業は大企業と比較すると経営資源が限られており、また、各社の置かれている環境も異なることから、簡単には人材育成に取り組めないという企業もあろう。しかし、規模が小さいゆえに、経営理念を共有して自社の進む方向性を明確にすることは比較的容易であり、マネージャー・幹部の育成を通して全社で人材育成を行う風土を作っていくことで、効率的で効果的な人材育成が可能となろう。

以上
 
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