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調査研究報告書

中小企業の知的財産戦略に関する調査研究
~イノベーション・エコシステムの構築に注目して~

第1章 調査研究のねらい

 当センターでは、1995 年3 月に調査研究報告『中小企業の「知的財産権」戦略とネットワーク企業間関係の課題(以下、「95 年調査」)』を取りまとめた。「95 年調査」では、企業行動・企業間関係と知的財産権をめぐる当時の最新の理論的解明のフロンティアを追いながら、知的財産権制度と運用状況を概観し、それらの利用方法を考えるとともに、新技術・新製品の開発と知的財産権の活用に積極的に取り組む国内の中小製造企業(12 社)に関する詳しいケーススタディと戦略論的整理検討を行った。国際化や経営資源のソフト化が進むなか、ネットワーク企業間関係に焦点を当てつつ、中小企業の知的財産権戦略の現状と課題を分析した。

 先の「95 年調査」の実施から27 年が経過した現在、中小企業の知的財産活動を取り巻く環境は大きく変化した。例えば、国際競争の激化のもとで技術革新のスピードは速まり、様々な製品・サービスにデジタル技術が組み込まれるデジタル化が進展したほか、データの利活用の重要性も格段に高まった。また、活用される知的財産権も、特許、実用新案のみならず、意匠、商標の重要性も高まっている。そして、スタートアップ・ベンチャー企業の興隆と知的財産活動への取組もみられ、知的財産活動を行う主体の多様化も進んでいる。

 さらに、経営戦略としては、「オープン&クローズ戦略」のように、秘匿化や特許による独占といったクローズ化する部分と、積極的なライセンスや標準化等によりオープン化する部分を見極め、市場の拡大と市場における優位な地位の獲得の両方を実現するための方策を検討することの重要性が高まっている。そして、中小企業の知的財産利用へ向けた行政や公的機関の支援活動も活発となり、それらのなかでは開放特許の利用促進、これを梃子とした企業間連携や新事業展開への新たな機運も生まれてきている。

 中小企業における知的財産戦略の重要性が益々高まっている今日、このような環境変化と新たな方向性や可能性を踏まえつつ「95 年調査」をアップデートし、知的財産の活用に取り組んできている事例の詳細な研究を通じ実態に迫ることは、多くの中小企業に有益な示唆を提示することができると考えられる。

 以上を踏まえ、本調査研究では、エコシステムという視点の必要性に着目しつつ、中小企業がイノベーション・エコシステム(※)の構築において知的財産を活用することの重要性や効果を考察した。その際、知的財産権、とりわけ産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)のなかでも、イノベーション創出の観点から重要性が高いと考えられる特許、特許権を中心に、調査・分析を行った。

 ※ここでは、「イノベーション・エコシステム」を、「多様なプレーヤー間の共生と協力によってオープン・イノベーションを実現するフレームワーク、あるいは『生態系』」と措定する。

第2章 調査研究の方法と構成の概要

1.調査研究の方法

(1)文献・統計調査

 既存の文献や統計を用いて、知的財産戦略に係る政策や制度、理論研究の動向、知的財産戦略の類型化等を確認し、中小企業が知的財産活動や知的財産戦略に取り組むにあたり重要となるポイントや経営課題について分析を行った。

(2)インタビュー調査

 知的財産活動や知的財産戦略に取り組んでいる中小企業11 社及び支援機関1 機関を対象としたインタビュー調査を実施し、研究開発や知的財産活動、知的財産戦略への取組状況や課題等について確認を行った。

4.今後に向けた経営戦略と知財戦略
・これまでの知財活動・知財戦略で最も重要であった/重視してきた点
・当社の成長・発展における知財活動の影響度・重要性
・今後の経営戦略・事業戦略(技術、製品、サービス開発等)と知財戦略において重視していきたいこと
図表 インタビュー調査の主な調査項目・内容
項目 内容
1.自社の概要・事業環境について 自社の沿革、主力事業、主力製品・サービス等について
2.自社を取り巻く事業環

・境の変化についてデジタル化、グローバル化の進展、グリーン・サステナビリティの重要性の高まり等により事業環境はどのように変化したか
3.知財戦略の取組状況、知財戦略を講じる上での課題

・貴社の研究開発への取組状況
・貴社の知的財産活動への取組体制
・知的財産活動に取り組まれるに至った経緯
・知的財産活動に関する具体的な取組内容とメリット
・知財戦略への取組の現状と課題
・知財戦略に取り組む上での経営資源に関する課題
図表 調査対象企業・支援機関一覧、調査結果概要
企業・機関名 主要事業等 調査結果概要
コミ―
株式会社
凸面ミラー、フラット型凸面機能ミラーの企画開発、製造販売
  • ・商品の「ユーザー満足度」を重視し、ユーザーの声を聞き商品設計・改良を実施
佐々木工機
株式会社
金属・樹脂部品加工、各種機械装置の製造
  • ・大手企業の開放特許を活用し、製品開発や特許取得を実現。大手との共同開発・出願も実施
株式会社
樹研工業
プラスチック部品射出成形
  • ・権利化とノウハウ秘匿化の両面を推進。グループ各社でノウハウ・データを蓄積しつつ共有化
株式会社
スギヤマゲン
理化学・医療用機器、器材、消耗品の企画開発・販売
  • ・製品エンドユーザーのニーズを聴取。社外連携による製品開発を行いつつ、特許は単独で取得
株式会社
ニッコー化学研究所
光化学・界面化学を応用利用した製品の開発、製造、販売
  • ・商流の川上~川下における技術・ノウハウを蓄積し、秘匿化。商流を守る上で必要な特許は出願
株式会社
ハツコーエレクトロニクス
データエントリ・イメージエントリシステム等の開発、販売、保守
  • ・ソフトウェアの著作権、技術の特許取得・秘匿化の組合せによる攻めと守りを推進
  • ・顧客との長年の取引関係によりノウハウを蓄積
株式会社
不二WPC
金属表面処理加工業
  • ・特許技術の普及・用途開発を目的として会社設立
  • ・知財と技術開発のセットで大手と対等に取引
BoCo
株式会社
最先端骨伝導デバイス・商品の研究・開発、製造、販売
  • ・積極的な守りとして特許や商標を取得しつつ、自社工場生産により技術・ノウハウは秘匿化
株式会社
マグエックス
プラスチック・マグネットの製造及び販売
  • ・機械設備等、構造等が分かるものは権利化する一方、生産工程ごとの技術・ノウハウは秘匿化
森田テック
株式会社
電気電子機器設計製造
  • ・顧客から聴取するニーズに応えることを徹底。市場の発展可能性により取得する特許を見極め
吉野電化工業株式会社 めっき・表面処理・熱処理
  • ・多種多様な素材への加工によりノウハウを蓄積
  • ・戦略的に大学等と共同開発・共同特許出願を実施
川崎市経営支援部
経営支援課
大企業と中小企業の知的財産マッチング支援を実施
  • ・知財に限られない長期かつ多面的な中小企業支援を実施。「川崎モデル」として成果を挙げている

2.調査研究の構成と要旨

(1)本報告書の構成

 本報告書の構成は以下の通りである。

図表 本報告書の構成
主な内容
第1章 ■調査研究の方法と構成の概要
・調査研究の方法
・調査研究の構成と要旨
第2章 ■調査研究の方法と構成の概要
・調査研究の方法
・調査研究の構成と要旨
第3章 ■知的財産戦略の背景と内容
・知的財産戦略への注目の背景
・知的財産に関する日本の戦略・制度
・中小企業の知的財産権の取得・活用とその支援
・日本の中小企業に関連する知的財産制度・戦略の課題
第4章 ■中小企業の知的財産活用戦略とイノベーション・エコシステム-理論的整理を中心に-
・95年調査で得られた結論とその後の技術環境変化
・95年調査の分析視角と調査終了に残された課題
・ダイナミック・ケイパビリティとエコシステム:今回調査で必要とされる視角
・イノベーション・エコシステムと中小企業の知的財産活用戦略
第5章 ■中小企業の知的財産権戦略の類型化と分析
・はじめに
・中小企業の一般論としての基本戦略
・中小企業における知的財産戦略およびその変化
・おわりに
第6章 ■知財戦略に取り組むべき中小企業経営の課題
・「知的財産権戦略」の今日的意義再考
・知財にかける企業が求めるもの、必要なもの
・中小企業の知財戦略と企業家の使命・役割
・まとめ - 知的財産戦略と企業経営の課題
事例編 ■インタビュー調査の結果
・中小企業11 社、支援機関1 機関

第3章 知的財産戦略の背景と内容

 第3章では、知的財産戦略が一国経済とその中のプレーヤーである中小企業(特に製造業)の経営にとっても重要性を増している背景、国内外の動向や日本の課題について概観する。

1.知的財産戦略への注目の背景

(1)マクロ的背景

 知的財産戦略への注目の背景をみると、①特に先進国において持続的な経済発展のためにイノベーションの重要性が高まったこと、②経済・社会のデジタル化によってICT 関連のイノベーションが発生しやすくなったこと、③イノベーションの性質がオープン・イノベーションへ、そのための枠組みがエコシステムへと移ったことがある。このため、「知的財産」が企業経営と一国経済の発展にとって戦略的に重要な意味を持つようになった。

(2)知的財産制度の国際的なハーモナイゼーションの進展

 知的財産権は、権利者に対して知的財産が産出する経済的利益に対する独占権を政府が一定の期間中許可することでイノベーションを促進するという理論的意義を有している。このため、1990 年代以降、知的財産権制度の国際的なハーモナイゼーションが課題となり、1995年にTRIPS 協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)が発効した。その後、知的財産権制度に関する国際的なワークシェアリングとデジタル技術の活用が進展し、PCT(特許協力条約)国際出願と「特許審査ハイウェイ」の世界的な拡大として結実した。

2.知的財産に関する日本の戦略・制度

 日本では、政府が知的財産戦略会議の開催(2002 年)を決定し、知的財産基本法の制定、知的財産戦略本部・知的財産高等裁判所の設置など、知的財産戦略の体制を構築し、知的財産に関する計画、政策ビジョン・戦略ビジョンを策定してきた。この間、日本の特許の出願件数は2000 年代初頭以降概ね減少傾向で、登録件数は2010 年代央以降減少傾向でそれぞれ推移した。日本の特許出願件数を米国、欧州、中国と比べると、増加傾向の米国、急増中の中国、横ばい傾向の欧州をそれぞれ下回っている。

3.中小企業の知的財産権の取得・活用とその支援

 こうしたこともあり、特に中小企業の知的財産権戦略の推進が重要であることを政府も認識している。そのための支援に関して、政府は、自治体・INPIT(工業所有権情報・研修館)・地域レベルの支援機関と一段と連携を密にして、個々の中小企業の知的財産活用のステージや意識を踏まえたハンズオンの伴走型支援をワンストップで行う体制を早急に充実しようとしている。

4.日本の中小企業に関連する知的財産権制度・戦略の課題

(1)中小企業の知的財産戦略の課題

 支援対象である中小企業の知的財産戦略の課題をみると、人員配置の困難さや知的財産の秘匿化に対する指向の高さを底流として、大企業の未利用特許をライセンスインで導入することによって、中小企業のオープン・クローズ戦略の実現可能性が高まることが期待される。以上に関連して、中小企業研究センターの過去の産学連携に関する調査で指摘されている「地域レベルでの支援機関のコーディネート機能の重要性」が改めて浮き彫りになった。

(2)課題対応に対する行政・支援機関へのインタビューからの含意

 その好事例である「川崎モデル」における大企業からの中小企業の知的財産権のライセンスインのコーディネート機能をみると、行政・支援機関が大企業と中小企業の間に入って中立的な立場からプロアクティブに行動している。具体的には、個々の企業を深く理解し、中小企業の経営課題を理解したうえで、知財活用だけでなく新技術開発・新事業進出、販路開拓等も支援している。中小企業の経営高度化への貢献というスタンスに基づいて、行政・支援機関が長期的・多面的な伴走型支援を継続・充実することが経営資源不足の中小企業の知的財産戦略にとって核心的であると考えられる。

第4章 中小企業の知的財産活用戦略とイノベーション・エコシステム ―理論的整理を中心に―

 第4章では、当センター「95 年調査」第3章の内容を拡張し、大きな技術変化を経た現段階で、理論的な観点から、中小企業が知的財産を活用する上での基本的考え方が、明らかにされている。

1.95 年調査で得られた結論とその後の技術環境変化

(1)95 年調査で得られた結論と分析視角

 95 年調査で得られた重要な結論のひとつは、開発者の利益を規定する6 つの要因であった。
ただし、同調査では、6 つの要因のうち、イ)技術・ノウハウ自体のダントツ性や模倣されにくさが何によって決まるか、ロ)技術・製品の発展・応用可能性や非代替可能性を判断する能力が何によって決まるか――については言及されていなかった。また、「開発した技術・特許をいかに利益に結びつけるか」という問題意識に力点があり、「利益をもたらすような技術をいかに開発するか」という点については、あまり触れられていなかった。

(2)95 年調査後の環境変化 -技術面での変化を中心に-

 さらに、今日では、いわゆる“enabling technology”(実現化技術)の重要性が格段に増しており、iOS 陣営対Android 陣営のように、企業間の相互依存関係が複雑化し競争が産業の垣根を越えるような状況が広範にみられるようになっている。言い換えれば、95 年当時のように「1 つの開発技術が1 つの製品と結びつく」という前提が成立しない場面が多く見られようになっている。

図表 デジタル化技術が市場競争にもたらす影響

図表 デジタル化技術が市場競争にもたらす影響

(出所)内閣官房デジタル市場競争本部事務局(2022)「モバイル・エコシステムに関する競争評価中間報告概要」

2.今回調査で必要とされる視角:ダイナミック・ケイパビリティとエコシステム

 以上のような問題状況を踏まえて、本章では、「資源ベース・アプローチ」およびそれを発展させた「ダイナミック・ケイパビリティ」アプローチを用いて、理論的な観点から、中小企業による知的財産活用戦略が検討されている。

(1)資源ベース・アプローチ

 前回調査では想定されていなかった、資源ベース・アプローチを用いることで、技術・ノウハウを含む資源の模倣されにくさは、大きく4 つの要因、すなわち「物理的独自性・唯一性(physically unique)」(特許化製品、希少資源・土地など)、「経路依存性(path dependency)」(時間をかけて蓄積されるノウハウなど)、「因果関係の曖昧さ(causal ambiguity)」(社外からはわからない企業独自の仕組みなど)、「経済的な障壁(economic deterrence)」(市場規模が小さすぎて儲からないなど)――という諸要因によって規定されることが明らかにされた。

(2)「ダイナミック・ケイパビリティ」への注目と「エコシステム」視点の必要性

 また、「ダイナミック・ケイパビリティ」アプローチを用いることで、技術・製品の発展・応用可能性や、非代替可能性を判断する上で、ひいては持続的競争優位を実現する上で、3 つの能力――感知、補足、再配置という活動に関わる能力――が重要なことが示された。

 諸活動が実行される過程は、オーケストラの指揮者の機能になぞらえて、資産・資源の「オーケストレーション」プロセスと言われる。そして、オーケストレーション能力には、自社が属するビジネス・エコシステム(生態系)を形成し、新製品・新工程を開発し、成功の見込みがある(viable)ビジネスモデルをデザインして実行する能力も含まれる

3.イノベーション・エコシステムと中小企業の知的財産戦略

以上のような点を総合して、本章の結論では、今日、中小企業には、知財をテコに自らがリーダーシップを発揮して、「イノベーション・エコシステム」を構築することの重要性が増していることが示されている。

第5章 中小企業の知的財産戦略の類型化と分析

 第5章では、現代の中小企業における知的財産権の戦略とはどのようなものなのか、「95 年調査」報告書の知的財産権戦略の類型を再掲・再整理し、その上で現代の中小企業における知的財産権戦略について示唆する。

1.95 年調査と22 年調査の知財戦略比較

(1)22 年調査の知財戦略の特徴

 2022 年の本調査での知財戦略の特徴は、①オープン・クローズ戦略、②知財にかかわる社員育成、③大企業との共同研究や支援機関との連携、④マネジリアル・マーケティングに基づく知的財産権戦略、⑤企業間取引の知的財産権による触媒効果が挙げられる。

(2)95 年調査の類型を用いた22 年調査の分析

 こうした特徴も含めて、95 年調査報告書の知的財産権戦略の類型に沿ってまとめたが、「市場確保としての権利化」である(1)技術独占戦略と、「技術保護としての秘匿化」を実現する(3)ノウハウ秘匿戦略との併用戦略がオープン・クローズ戦略であり、現代の中小企業における知的財産権戦略として一般化しつつあることが分かる。これは、特許化した技術情報のみでは不十分となるように仕組まれた戦略であり、その製品を生産するには秘匿化されている技術情報がなければ完成しない。こうした使い分けを意図的に行うことによって、中小企業は市場獲得に向けた経営戦略と技術防衛という知財戦略の本来あるべき機能とを一体的に行うことが可能となるのである。

 また、技術力の証明としての(5)取引関係獲得・改善戦略や(6)防衛・牽制戦略を重きに置く企業が、近年において増加傾向にある。そこに、イノベーション・エコシステムが内在するともいえ、(5)取引関係獲得・改善戦略などを全社的に取組むことによる「マネジリアル・知的財産権戦略」とも表現すべき戦略を実現している。

 さらに、企業間関係の促進を目的とした「触媒効果」としての(4)技術取引・売買戦略活用という新たな活用方法を見出した企業もあった。

図表 22 年調査企業の知的財産権戦略の類型
コミー スギヤマゲン 森田テック BoCo 不二WPC ニッコー化学研究所 ハツコーエレクトロニクス マグエックス 樹研工業 佐々木工機 吉野電化工業
(1)技術独占戦略
(2)技術公開戦略
(3)ノウハウ秘匿戦略
(4)技術取引・売買戦略
(5)取引関係獲得・改善戦略
(6)防衛・牽制戦略
(7)その他

2.顧客主義に基づく知的財産戦略

 こうした整理から見えてくるものとして、現代の中小企業における知的財産権戦略のベースは実利主義ではなく、顧客主義に基づいている現れとも理解することができよう。今回の調査で対象とした企業のほとんどにおいて、顧客ニーズに基づいた技術開発とその保護が知的財産権戦略の土台にあった。

 マーケティング志向に基づく製品開発は当然のように思えるかもしれないが、技術情報は非公知のものでなければ権利化できないという知的財産権の本質から考えると、これは難しいことである。その困難性を中小企業は、社員個人の経験に基づいた人的ネットワークと特許事務所や大企業、取引先企業などの高度な連携を持つ企業間関係という2 方向から全社的に課題解決に取り組んでいることが分かった。

3.日本の中小企業の「技術力」を構成するもの

 こうした整理から得た示唆は、日本の中小企業の技術力とは、単に「技術そのものの意味」ではないというものであった。中小企業における技術力の意味は、課題を発見する能力と課題を解決するエコシステム、そしてそれらを社内で支え合う技術者が長年培ってきた経験やノウハウ、人とのつながりといったものの総合的な力といえる。また、大企業や自治体、発明家、中小企業経営者も自身の知見や技術力を惜しみなく提供し、顧客関係においてもニーズや改善提案などを通して新たな技術力を生み出す原動力となっているともいえよう。

第6章 知財戦略に取り組むべき中小企業経営の課題

1.「知的財産戦略」の今日的意義再考

 第6章では前各章をうけ、イノベーション推進実践の意義を今日的な課題と位置づけ、これに積極的に貢献してきた企業が大きな経営成果を上げてきていることを確認し、また知的財産を守る制度の意義とともに、企業側がその仕組みや課題を熟知し、活用を戦略的にすすめる必要性をあらためて指摘した。さらに、中小企業の規模的制約などを前提に、他企業や諸方面との連携協力を推進する意義を指摘した。

 そのうえで、研究開発成果と知財活用が顕著な事例企業等に関し、イノベーションをになう主体としての経営側面、とりわけ組織と体制、人材構成、さらには経営のかなめである企業家の役割と貢献の特徴などを検討し、共通する姿を描き出した。

2.知財にかける企業が求めるもの、必要なもの

 組織面について言えば、規模は比較的小さくてもしっかりした研究開発関連の部門を置き、相当な人材をあてている傾向が多数見られる。それは継続的な開発成果の追求と応用展開が欠かせず、さらに特許などの出願権利化を図るにも科学的客観的な裏付けが求められるからでもある。

 他方、学界等を含めた広汎な「社外知」へのアプローチ、共同の研究開発や事業化をすすめるうえでの重要な役割が期待される。それとともに、研究開発成果や特許などの存在自体は企業の「評判」効果を生み、取引機会やさまざまな好循環を招き、大きなポテンシャルをもたらす。しかしまた、特許権等の出願を含め、知財管理の体制には相当の専門性と戦略的な判断を要するので、組織的全社的な対応と弁理士など外部の専門家との密な連携が欠かせない。

3.中小企業の知財戦略と企業家の使命・役割

 知財戦略を含め、企業経営にとって決定的なのは社長=「企業家」の果たす役割である。

 先の中小企業の知財戦略に関する「95 年調査」報告書が指摘したように、ニーズからの着想・アイディアの発想、技術シーズの応用可能性との結合・基本コンセプトの構築、これにもとづく新技術製品等の開発、市場への提供・事業化という一連の過程を進めること、そのために社内外諸方面の各主体を巻き込んだ、総合的な組織化とマネジメントコントロールの力の発揮が求められる。

 逆に言えば、企業家は秀でた発明家や研究者であるわけではなく、他者の生み出したものを含め、まさにシーズとニーズをつなぎ、具体的な製品やサービス、ビジネスのかたちに構築発展させられることが重要なのである。それには企業家たちの豊かな経験と新たな発想、諸方面をつなぐ人脈力等が生きている。

 そして、企業家の新たな可能性の発揮追求は事業承継・世代交代とも深い関係を有することが調査事例からも検証される。イノベーションという観点からは、承継後の経営資源活用能力の確保・向上が事業承継に当たっての重要な課題となるのである。

4.21 世紀のイノベーションと企業家精神再考、知財戦略と企業経営の課題

 このような考察の上に立つと、P.ドラッカーの「企業家精神こそリスクは小さい」「企業家精神は目的意識を伴ったイノベーションにその基礎をおかなければならない」という主張の今日性が見えてくる。

 そしてまた、本報告書全体の基調をなす、「ダイナミック・ケイパビリティ」(D.ティース)の積極的発揮と「イノベーション・エコシステム」の能動的な確立形成、諸方面を巻き込んだ共進化の追求こそが、今日の開発型企業の経営課題であり、これをになう企業家の使命であり、今日の革新的な企業家精神の意義であると理解できるのである。特許権などの知的財産権は核となる開発成果を守るにとどまらず、こうしたシステム構築の紐帯、核心的求心力であり、市場獲得、競争力発揮とさらなる発展への足がかりであると見るべきだろう。

事例編(インタビュー調査の結果:中小企業11 社、支援機関1 機関)

※報告書の巻末を参照

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